第9話

 銅版画は、大学生の時に一度エッチングの制作をしたことがあった。それまでは、木炭デッサンや油絵など、直接的な技法で制作をしていた。先端を尖らせた木炭を、木炭紙の上に直接滑らせて描く。あるいは、油絵の具を含ませた穂先を、キャンバス上に直接撫で付ける。自分が引く線や塗る面を、リアルタイムで確認しながらの制作だった。

 しかし、うっすら薬液が塗られた銅板に下絵を写し、ニードルで描画し、版を介在させるというまどろっこしい技法が新鮮で、すっかり夢中になった。銅版画には他にも技法があるらしく、いつかやってみたいと思っていた。

 あれから20年近くが経過していることに、私はシンプルに驚いた。

 今日やるのは、メゾチントという銅版画の技法だった。ベルソーという金属製の櫛のような道具で、銅板の表面を目立てていく。ベルソーの取手を両手で握り、先端を銅板にあてて、前後左右に揺らしながら無数の凹凸を作る。

 私は力が入りやすいように、立ってベルソーを銅板の上で揺らした。男性の受講者と、若い学生風の女性も立って制作をしていた。中年女性の二人組は、互いの進捗に言及しながら楽しそうに制作している。

「目立てた凹凸の中にインクが入ることで、自分だけの黒が刷り上がります。深みのある黒にしましょう」

 講師の言葉を反芻しながら、私はベルソーを揺らし続けた。銅板の位置をずらしながら、幾重にも目立てを重ねることに没頭した。空調が効いた教室内で、私はほとんど休むことなく制作に集中した。

 目立てを講師に確認してもらい、今度はスクレーパーというヘラのような道具の説明を受けた。明るくしたいところをスクレーパーで削り取ることで、灰色から白までの美しい階調を表現できるのだ。私は自席に戻り、スクレーパーでの描画に進んだ。

 

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