新しい依頼

 男は白くなった髪をきれいにセットし、まだ暑いのに体に合った仕立ての良いスーツを着て、ご丁寧に首を絞めるようにネクタイを締めている。

 靴もそこで箱から出したみたいに、ピカピカに磨きあげられていた。

 もちろん俺はこの老紳士を知っている。名をピーターという英国人だ。

 ピーターは仕事の仲介屋だ。この仕事は広告を出したりSNSで受けたりするわけではない。

 魔術師を必要としている人が、しかるべき方法で依頼をする。


 昔はこの世界に魔物がいた。

 それと戦うスベもあった。いつのまにか魔物は狩りつくされ術者も消えた。

 技だけが口でひっそりと伝えられてきた。

 魔術を使うには魔石が必要だ。魔石は魔力を帯びた不思議な石だ。

 ピーターは俺に仕事と報酬を、俺はピーターから魔石を手に入れるそういった関係だ。


「新しい依頼です」


 ピーターは流暢な日本語で語りかけてきた。

 彼はなぜか、今どきスマートフォンなどは使わずにこうやって連絡をしてくる。

 そして、どうやって知るのかわからないが、俺の居場所にやってきた。


「探して欲しい人がいます」


「どんな奴?」


 ピーターはソファーから立ち上がり、指先で手招きした。

 ついてこいと言うことだろう。俺たちは美術館を出て歩いた。

 街はまだ暑い。みな半袖のシャツを着て、汗を拭いている者までいた。

 そういう中をピーターは全身真っ黒なスーツで歩く。

 かなりおかしいが、誰も振り向かない。

 ここにはもっと、おかしなかっこうをした男も女もいるし、誰も人のことなど気にしないからだ。


 ピーターは信号のある交差点を二度ほど渡って、駅近くにある家電量販店のなかに入っていった。

 三階のフロアーまで上がり、昔に水族館で見たエイのように、テレビが数多く並んでいるあいだをゆっくりと歩いていた。

 大画面のテレビは見たことのない映画のワンシーンを永遠と流していた。

 彼は比較的小ぶりなテレビの前で足を止めた。

 俺は理解した。俺は金がない。だから、もちろん、家にはテレビがなかった。

 これは買ってくれるのかと、期待をした。

 目の前のテレビには昼のバラエティ番組が流れていた。

 タレントたちが、どの店がうまい、はやりの服はどうしたとかいう、よくある番組だった。


「山羊谷蓮を探して欲しいのです」と、ピーターはテレビを見て言った。


 そのテレビにはまさに今、「山羊谷」がそこに出ていた。


「これ、生放送だろ、放送局もすぐ近くだ。そこへ行けばいいじゃないか」


「直接お会いして、彼からお話を伺っていただけますか。では、報酬はいつもどおりに」


 ピーターは簡潔に要点だけを述べ、そこで話は終わった。

 店を出で彼とは別れた。

 彼は駅前の大きな交差点がすべて青になると、人ごみのなかへ消えていった。


 おかしな依頼だと思った。

 男のことは知っていた。年齢は三十代、身長もあり、顔もまあまあいいほう。

 現代の魔術師と言って最近出てきた、エセ魔術師だ。

 確かに気にはなっていた。時折、本当の魔術師のような振る舞いをするからだ。

 今からなら間に合うかと、テレビ局へ走って向かった。

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