ハーラン ~俺たち、のってるスーパー魔術師~

チアル

暇なときにすること

 スマートフォンをピザでも食べるみたいに持って、大声で歩いている男がいた。

 男は車道を逆方向に歩いている。車にぶつかりそうになるが気にしていない。

 外国からきたツーリストが、けげんな顔をして男を見ていた。

 土曜や日曜日になるとあの手の変わった奴がこの街に来る。

 俺はその男に感謝する。

 わざわざスマートフォンを取り出して、曜日を確認しなくて済むからだ。


 二十歳になったときこの街で会社を立ち上げた。

 とはいっても、個人事業主、かっこよく言えばフリーランスだ。

 事業内容は魔術全般、いわゆる「なんでも屋」だ。


 この仕事をはじめた理由は大したことではない。

 中学はなんとか卒業した。高校に進学したが、夏休みが明けても休み続けた。

 そこから逃げ出したかった。

 じいさんは魔術師で、幼いころから魔術を教えてくれた。

 やることもないので、それを使って小銭を稼ごうと考えた。


 事務所は渋屋市駅から歩いたところにボロアパートを借りた。

 何年か前に駅前の百貨店は潰され、あとにはさらに大きなビルが建ち並ぶ、きれいな街になった。

 騒がしく活気のある街だが、少し歩けば静かで、住むには悪くない場所があった。

 大家に聞いた話では昔は温泉が出て、タヌキも出たらしい。

 その名残りかこのあたりの町名は温泉町と言った。


 魔術の仕事はいつも依頼があるわけではなく、暇なときがほとんどだ。

 夏も終わったのに今日のように熱い日は近くの美術館で涼むことにしていた。

 そこの名は温泉町美術館と言う。

 町民なら俺の唯一の証明書マイナンバーカードを提示するとタダで入れてくれた。

 あまりにも頻繁に行くので、受付のおばちゃんに「美大生なの?」と聞かれた。

 説明するのがめんどくさいから「はーい、課題と論文に必要だから、来ていまーす」などと適当なことを言うと「毎日、偉いわね」と褒められた。


 俺のお気に入りは二階にある大きなソファーのある部屋だ。

 ここにゆったりと座り、絵を見るのが好きだ。

 アートや作家のことはさっぱりわからなかった。

 しかし、展示されている作品をみていると「なにかを作りたい、できちゃったぜ」という気持ちだけは伝わる。それがよかった。


 椅子に座って、ぼーっとして、それがうとうとになったころだ。

 俺の隣に背の高い初老の男が黙って腰をおろした。

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