26.大番狂わせは容赦の無さから
リットは笑みを絶やさず、全身に走る痛みと共に森を駆ける。
ポーションでHPを回復しても痛みが取れるわけではない。斬られた場所はじんじんと熱を持っていて、傷が無くとも完全に痛みが引くのはいつになるか。そんな現実の痛みが
そして同様に、
(くっ……! 動きが、鈍い……!)
もうクドラクに油断は無い。
それでも、金槌で頭を二回殴られたダメージは彼の動きを鈍らせる。
だがそれだけでは説明がつかない敵が目の前を駆けている。
体を斬り付けたはずだ。肩をえぐったはずだ。
今まで出会ったプレイヤーなら誰もが膝をついていたはずなのに――!
「なんなんだ……てめえはああああああああ!!」
リットの消えぬ笑みがクドラクを苛立たせる。
力任せに振り回したその大鎌はステータス補正を乗せて辺りを切り刻むが、切り刻みたい相手は捉えられない。
その苛立ちは挑発された時とはまた別の形。
……人間は理解できない未知に恐怖する。かつて魔女が迫害されたように。
クドラクにとって目の前で笑いながら向かってくるリットはそんな恐ろしい未知。
この世界におけるレベル差を無視して自分に突っ込んでくるモンスター以上の魔物だった。
「今更自己紹介が必要かぁ!? リットって書いてあるだろお!!」
クドラクにとっての魔物は斧を投げつける。
大鎌で弾くが、その一瞬でリットは姿を消した。
どこだ――!?
辺りを見回してもそこら中にあるモンスターの死体がいくらでも陰を作っている。
「っ……!」
自分がモンスターを倒すのも計算の内か、とクドラクは顔を歪ませる。
「く――!!」
飛来してくるのは武器ですら無いポーション。
クドラクは当然反応して大鎌で防御するが、ポーションの瓶は割れて中の液体を顔含めた上半身に浴びる。
液体を浴びた際の無意識の反射がクドラクに一瞬視界を閉ざさせた。
フルダイブだからこそ出来る一手、現実に近いゆえの反応。
その反応がクドラクに新たな隙を生む。
「ぁぐ……!」
同時に背中に何かが突き刺さる。
何の刃物かは見えない。
だが熱を帯びた痛みは自分の背中に何かが突き刺さっていると確信させた。
痛みはどこまでも鮮明で今すぐ膝をつきたいくらいだが、視界に映るHPの数値はまだ150もある。
――150もあるのか。
クドラクは……そう、思ってしまった。
「これでようやくHPは同じくらいだなぁ!
姿を現したリットの両手にはまたしても武器。モーニングスターにトゥルスと呼ばれる投げナイフ。
一体インベントリにどれだけの武器を入れていたのか。
止まらない。止まらない。止まらない。
次に何をしてくるのかもわからない。
「羨ましいね! こっちはその大鎌みたいな強い武器を持ってないからよぉ!!」
「く、るな……! くそがきいい!!」
スキルの詠唱すらこの男には隙になるとクドラクは大鎌で迎え撃つ。
そう、恐れる必要はない。レベルによるステータス差は明白。
普通にやれば負ける道理など無い。
「ぐほっ……!」
「いってえなああ!!」
リットは大鎌の横薙ぎで腕を浅く斬り付けられ、クドラクの腹にモーニングスターのスパイクが打ち付けられる。
攻撃は同時。HPはリットのほうが削られている。
しかしより大きなダメージを与えたクドラクが苦悶を、与えられたリットは笑みを浮かべていた。
「ほらああああああ!!」
「う、おおおっ……!?」
リットはすかさずトゥルスと呼ばれる投げナイフをクドラクの目を向けて投げる。
腹の痛みに悶えながらも、クドラクはそれをかわした。
頬を裂く刃の鋭利さを痛みと共に実感しながら。
「はっ……! はっ……!」
「ちっ! 流石にこれじゃあやれないか!! 次だ次!」
クドラクが焦る中、リットは怯む様子もなく武器を拾う。
こんな攻防をいつまで続ければいいのか。
腕から血を意味する赤いデータを撒き散らしながらなおも戦意を崩さないリット。
その全身には尋常ではない痛みが走っているはずで、辛く苦しいのはクドラクだけではないはずなのにリットはまだその表情に楽しんでいる余裕が残っていた。
――いかれてる。
認めざるを得ない敵への恐れ。
レベル差などでは埋まらない意志の強さの差。
「ふふ……ははは! あっはっはっはっは!!」
痛みという生きている証を全身で感じられる事にリットは歓喜する。
ゲームだからこその死闘が仮想の心臓を打ち鳴らす。
止まらぬ高揚は彼の精神をどこまでも昂らせて――
「自由に動けるって楽しいなぁ!! 楽しいなぁPvP!! なあ! なあ? なあ!? そう思うだろ
「は……ぁ……あ……!」
――その精神性で面白おかしく圧倒する。
赤塗れのアバターが無垢に笑うその様子に全身に走る痛みでボロボロだったクドラクの心はついに折れて、飛び掛かってきたリットに組み伏せられた。
本物の鬼ならばいざ知らず、
「お、なんだ? 急に張り合いが無くなったな?」
「か、勝った……? リットくんが……勝った……?」
クドラクに動きが無くなったのを確認して、木陰に隠れていたニーナも顔を出す。
リットの手には草刈り鎌と毒塗り短剣。次の一手として拾ったものだが、その前にクドラクの動きが無くなりその手は止まった。
「は……はは……。別にいいさ、てめえが……勝った所で、俺はPKをし続けるんだ……はは……。そうさ……そこのお嬢ちゃん一人くらい……はは……。どうせ、俺が負けた事はお前らしか知らねえんだ……これからも俺は死神として……」
その捨て台詞のような強がりは最後に残った一欠片の意地か。
弱弱しい声量で悪態をつくクドラクにリットはにっと笑顔を見せた。
「そうか、じゃあ色んな人に知って貰おう。丁度着いた頃だからな」
「あ……?」
がさがさと草を突っ切る音。
ニーナはびくっと肩を震わせて、リットは待ってましたという表情でその音を立てた人物を歓迎した。
「おやおや~!? こんな所でPvP!? しかも片方はPKマーク付き! ま、まさか! 噂の死神!?」
「アルチーノちゃん!?」
ひっそりと
金のツインテールに葉をつけながら現れたのはリット達のフレンドであり、
「よかった、間に合ってくれたか」
「っ……! おいおい……まじかよ……」
アルチーノはこっそりリットにウィンクをして、リットはお礼の意味を込めて頷く。
そう、リットはここに来る前にアルチーノをメッセージで呼んでいた。
死神というプレイヤーキラーに本当の意味でとどめを刺す為、もうトライグラニアで誰も恐れる者がいなくなるようにその正体を公開するべくアルチーノの協力を
現れたアルチーノの
リットがクドラクを組み伏せている光景はアルチーノを通して画面の向こうに伝わり、アルチーノの配信で流れるコメントは加速していく。
>掲示板で話題になってたプレイヤーキラーか
>何か普通に負けてんじゃん
>初心者狩りしてたら初心者に狩られた現場って事?
>ださくて草
>プレイヤーキラーの末路ってこんなもんよな
>武器とか普通にレア装備やん。それで負けたん?
コメントは好き勝手に言いたい放題。
……最も有名な殺人鬼ジャック・ザ・リッパー。彼がまるで伝説のように語られるのは生涯捕まらず、正体不明というその神秘性から。
同じように、クドラクが死神と呼ばれて騒がれていたのはその情報の少なさが噂となって謎を呼び、その神秘性が初心者達の恐怖を煽っていた点が大きかった。
アルチーノの配信によって公開されたクドラクの敗北の姿は、謎と噂が纏わせていた神秘のベールを完全に剥いでしまう。
現代の魔術師がその神秘性を失ったように、クドラクというプレイヤーキラーが持つ恐怖は今その力を失った。
「……は、はは……終わりか」
クドラクもこれ以上役割を遂行できない事を悟ったのか力を失う。
すでにリットに負けてプライドなどとっくに折れていたのか、怒り狂うような様子も見せなかった。
「こんな醜態晒して
好き放題言われている割にクドラクはどこか安堵していた。
よほど向かってくるリットの姿がトラウマになったのか、終わってくれたという思いのほうが強いようだ。
これ以上は戦う意味もないとクドラクは体を起こそうとする……が。
「何終わった気になってる? まだとどめ刺してないから終わってないが?」
「……へ? ぐほ!?」
リットはそんなクドラクの頭を掴み、その首に草刈り鎌の刃をあてがった。
「あんたみたいな大鎌を持ってなくて悪いな? 生憎、初心者の俺はガーデニング用の草刈り鎌しか持ってないんだ!」
「ちょっ、おい!? 待――!!!」
クドラクの懇願を最後まで聞く事無く、リットはそのまま躊躇無くクドラクの首を刈り取る。
何せ初めてのPvP。リットが求めるのは完全勝利。
闘技場でもあるまいし、降参での決着などリットはそもそも考えていなかった。
「ははは! はーはっはっはっはっは!! 勝ちー!!」
「……ニーナちゃん、本当にあれが協力者でいいの?」
「う、うーん……?」
首を破壊された事による
勝利を喜ぶリットだが、その姿にニーナもアルチーノもついドン引きしてしまう。
当然アルチーノの配信にもその様子は流れていて、今日一の速度を見せるコメント欄の中で誰かが言った。
――こっちの奴が本当の死神なんじゃねえの?
半分正解で半分外れ。当たらずも遠からず。
死神と呼ばれるプレイヤーキラーについて語られていた情報の中に一つだけ、クドラクがやっていない事がある。
それは首を斬ったモンスターの死体が放置されているという目撃情報。死神の異名を決定付けたその情報はクドラクではなく……今まさに高笑いしているリットがやっていた事なのだから。
――――――
決着です。
ゲームだから楽しそうなほうが勝つ。
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