25.一番自由な職業
狙われたのは大鎌を持った指だった。ステータス差もあって大したダメージにはならない。
しかし
トライグラニア近辺で見張りとしての役割を始めてから初めてのHPへのダメージ。
忘れかけていた現実の痛みがクドラクの動きをほんの少し鈍らせる。
(待てこいつ……いつの間に武器を装備した?)
痛みをかき消すクドラクの疑問。
リットの手にはさっきまで持っていなかったはずの短剣。
しかもあまりに貧相な耐久値で、クドラクの指を斬り付けた瞬間その武器は砕けて消えた。
「ははー!!」
「ぬっ!?」
今度は長剣。力任せに振るわれる斬り下ろしを大鎌で防ぐ。
ステータス差は言うまでもない。この一撃で筋力差を再認識して、クドラクはレベル差がある事の余裕を取り戻す……が。
「ほうらぁ!!」
「うぐっ!?」
突如、頭が揺れる。
頭に響く鈍痛と二重になる視界。
一体何が起こったのか。不安定な視界の中、リットの手の中にある武器を見る。
(鍛冶屋の、
右手に長剣。左手には金槌。
あまりに馴染みのない並びにクドラクは困惑する。
長剣はトライグラニアで買える安物、金槌は(鍛冶屋の友人)スキルを取った時の報酬だ。どちらも入手だけなら特に困らないが、並びがあまりに奇妙。
揺れる頭で思考する中、次の一撃がクドラクを襲う。
「ほらほらほらほらほらぁ!!」
「がっ! ぐっ! ごっ!」
胴体に叩きこまれる金槌の連撃。HPの減りは見た目よりも少ない。
だが何を狙っているのかはわからった。長剣で大鎌を押さえて、金槌で胴体を攻撃……リットは鍛冶屋が使う金槌が持つ装備の破壊特性によって装備の耐久値を一気に削っているのだ。
いくらステータス差があったとしても、装備無しならHPもしっかり削れてしまう。
視界が揺れて膝をついているクドラクを金槌で滅多打ちにするリット……その光景はどちらがプレイヤーキラーなのかわからない。
自分の装備の耐久値が危険域まで削られる頃、クドラクの揺れていた視界が戻った。
「調子に乗るなごらああ!!」
「う、っぐ……!」
視界が戻った瞬間、大鎌で長剣を弾いてリットに大鎌で斬り付ける。
密着していたため深くは斬られなかったが、リットの防具はその攻撃力に砕け散った。
リットのように正面から立ち向かってきた初心者がいなかったわけじゃない。
だが一撃を与えれば誰もがその痛みに恐怖し、怯えた。
リットの口から零れた苦悶の声を聞いて、リットも例外ではないのだとクドラクはようやく口角を上げる。
「い、っづ……!」
「は……はは! どうした! 粋がって――」
「ふふ、ははは!!」
「た……糞ガキ……」
「痛い! 痛い! 痛いなあああ!!」
リットは笑顔を浮かべたまま、金槌でクドラクの頭をもう一度殴りつける。
鍛冶屋の金槌はそもそも武器としての攻撃力は低くHPは大して削れない。だが容赦なく視界は再び揺れる。
その瞬間、パキン、と武器の耐久値が無くなった音が聞こえてくる。鍛冶屋の金槌が砕けた音だ。
「痛い痛い痛い!! 痛いって最高だなあおい!!」
笑い混じりのリットの声が離れる。
無意識にほっとしてしまった自分をクドラクは恥じた。何を初心者が離れた事にほっとしているのか。
苛立ちながらも今の内にポーションで回復は忘れない。インベントリからポーションを取り出すと、
「は……?」
手元のポーションの瓶が飛んできた短剣によって破壊される。
無情にも表示される次回使用までのリキャストタイム。
何故短剣が飛んできた? 揺れる視界の中、リットのほうを見る。
いつの間にかリットの装備は変わっていた。防具は破壊されたままだが、右手は長剣から斧に、左手は今ポーションを破壊した短剣か。
「こ、の……! 「『魔女の
重騎士の大鎌装備時のスキルを使用し、遠距離に斬撃を飛ばす。
威力と飛距離どちらも優秀で、重騎士が大鎌を装備するのは魔法使いに相当するこの遠距離攻撃がメリットの一つでもある。
だが、揺れる視界では正確に狙いは定まらない。
クドラクのスキルはリットの肩を少し抉るだけに終わり、代わりに飛来してくる何かに気付く事ができなかった。
「あ……?」
ぷす、と胴体にHPに1ダメージ。胴体の装備がいつの間にか破壊されたのか。
クドラクは気付いていなかった。先程聞こえていた武器の耐久値が無くなった音は鍛冶屋の金槌の破壊音と同時に自分の装備が破壊された音だという事に。
だとしても何でもない攻撃。クドラクのHPは300を超えている。
だが狙いはそこじゃない。クドラクはその胴体をちくりと刺した武器の正体を見る。
(
自分の敏捷と筋力のステータスにデバフがかかっているのをクドラクは確認する。
そう、当然のようにダーツには毒。トライグラニアほど大きな町ならばデバフ用の毒の入手くらいはそのくらいは簡単だ。
問題は……それをどうやって扱っているか。投擲系装備は
「お前、どう、やって……!」
「ふふ……ははは! あはははは! 楽しいなぁ! PvP楽しいじゃないか!! なあ!
クドラクの問いは耳に届いていない。
揺れる視界が元に戻って、クドラクはようやくリットの戦い方を理解した。
リットがこちらに向かってきながらばら撒かれていたアイテムの一つを拾っている。
拾ったアイテムはポーション。走りながら飲んで、瓶をクドラクに投げつけてきた。
「この、ガキ……! アイテムをばら撒いたのはインベントリ操作を無くすため……!」
「今頃か! だからどうした!?」
ステータス差で劣るのなら、その分アクションの数を減らす。
リットがアイテムをばら撒いたのはインベントリ操作のワンテンポのラグを無くすため。
あれだけの速度で武器をとっかえひっかえ出来たのもばら撒いたアイテムを拾って即装備をしただけに過ぎない。
いや、だが……それだけでは説明できない点がある。
どうやって
「おい……まさか……」
いや、ある。たった一つだけ全ての武器を使える
そう、それは全てのプレイヤーがチュートリアルで目にする
「お前、《ニュービー》のまま、なのか……!?」
このゲームを始める際、キャラメイクの次にある
その際に迷った初心者でもすぐに遊べるようにと与えられる器用貧乏の仮
強力な
「ああ、これが一番楽しそうだった」
「――――」
リットにはあらゆるセオリーが存在しない。
人間に無意識に刷り込まれる痛みへの反応は勿論、今までゲームをやってきた人間のような固定観念。彼にはどちらも存在しない。
痛いのは生きている証であり、喜ぶべきもの。
金槌もダーツもこの世界のアイテムであり、使えるもの。
白い病室の中でずっと生かされてきた人生はあまりに不自由だった。
だからこそ、彼は誰よりもこの世界が自由だと知っている。
この仮想現実に、自由を与えられた人間だから。
そして、もっとも自由を感じたのが初心者用
「ふざ、けんな……! お前はただのプレイヤー……
手玉に取られている無様さ。リットの自由に一瞬だけ畏怖した自分。
そのどちらもがプライドを傷付けて、クドラクに火を点ける。
「こちとら……!
「はっはっは!! ようやく必死になったか!?」
その表情に怒りは無い。
リットはただただ笑みを浮かべて、
「あんたの使命だの目的だのどうでもいい! ひたすら必死に! 遊び倒そうぜ
大森林に声を響き渡らせる。
ここは
もう一つの生がある電脳の異世界なのだとリットは誰よりも知っている。
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