23.俺は自分で決めた
「よっと」
「り、リットくん……どうして……」
「ログインして聞いて回ったら西門から出たって教えてくれた人がいたんだよ。一人で行こうとしたから声を掛けたけどそのまま行っちゃったってさ」
ぶらさがる蔓の勢いが無くなり、俺はニーナを抱えながら地面に降りる。
女の子ってこんな軽いもんなのか? 装備込みでこれ?
まぁ、そんな事はどうでもいい。俺のほうを不思議そうに見上げているニーナに言いたい事がある。
「さあ、なんで一人で行ったか言い訳はあるか?」
「ううっ……! お、怒ってる……」
「そりゃ怒るだろこの! お前がリスポーン恐いって言うから俺が行くって話をしたのにお前が一人で行ったら前提が意味わかんねえだろうが!?」
ニーナは俺に黙ってやらかした自覚はあるらしく、気まずそうに目を逸らしている。
ははは、こいつめ。逃がさんぞ、がっちり捕まえてるからな。
昨日の相談は何だったのか。こんな所に一人でいる弁明があるなら言ってみろこら。
「ご、ごめんなさいぃ! で、でもリットくんが痛い思いするよりは巻き込んだ私のがって……」
「
「ば、ば!? ひ、ひどい……!」
「ひどくない。次言い訳したら課金で
「ええ!?」
それくらいの罰ゲームは受けて欲しいくらいだ。
だが、今はそんな事言っている場合じゃない。ニーナの頬には涙の跡が残っていて、目には涙が薄っすら溜まっている。ニーナに恐い思いをさせたであろう男がこちらに歩いてきているのだから。
「野生児の主人公ごっこは終わったかい? リットくん」
「かっこよかったろ? 死神と野生児だったら……くっ……名前は死神のがかっこいいか……」
「あっはっはっは! アホもここまで来ると笑えてくるな!!」
いやでも登場は俺のがかっこよかったはずだ、うん。
それにどちらかといえば野生児じゃなくて主人公のほうを採用したい。
「このお嬢ちゃんを助けに来たって事は……ちっ、お仲間か。坊ちゃんも
「いや全然?」
どうやら勘違いしているようなので訂正してあげると、男はあんぐりと口を開けた。意味がわからないと言いたげな表情をしている。
というか、何で名前見えないんだろう? あの
「ちょい待て……じゃあ何で邪魔する?
「何でもなにも友達だから助けに来ただけですが」
「言っておくが痛覚オフになってるからって――」
「それも知ってる」
男は信じられないような視線を俺に送ってくる。
やがてけらけらと嘲るように笑い始めた。何を我慢しているのか手で口を押さえて、長髪がぷるぷると揺れていた。
「おいおい、本当に正義気取りのアホか!?
「いや、だから友達助けに来ただけって……それにこっちの台詞です。何でトライグラニアから出てる初心者を片っ端からPKしてるんです?」
これは俺が死神と呼ばれるプレイヤーキラーに会って聞きたい事でもあった。
昨日、接触する方向で相談したのも実はこれが理由の一つだったりする。
エタブルは自由なゲームで、プレイヤ^一人一人の行動がスキルになったりするし、メインストーリー以外のサブクエストを遊んだり、NPCが人間とほとんど変わらない反応をするので町で暮らすだけでも遊び方としては十分になる。
だからこそ、聞いてみたかった。何故こんな事をしているのか。そしてこんな事をしているプレイヤーがどんな人なのか。
「簡単だよ。そこのお嬢ちゃんみたいな
「……?」
俺が意味をわかってないのを察してか男は続ける。
「
今は睨み合って互いにちょっかい出し合わない状態……つまりはこの世界についての調査に一番時間をさける状態だ。そこに新参の
「見張り……誰が
「ああ、俺にとっちゃ貧乏くじだが命令なら仕方ない。正直大してやる意味もねえだろと思いながらやってたが、PKも憂さ晴らしくらいにゃあなるから続けてたわけだ。そんな飽き飽きしてた時にお嬢ちゃんが現れた。ようやく仕事らしいPKができるってわけだ。坊ちゃんも諦めな、ここは今通行止めなんだよ」
男は装備した大鎌をニーナのほうに向ける。びくっとニーナが俺の腕の中で震えた。
なるほど、初心者をPKしていたのはそういう事だったのか……うーん、なんというか。
「ふーん、つまんなさそうだな」
「…………あ?」
つい心の中で言ったつもりの感想が口から出る。
男は苛立ちを
もう言っちゃったし、思った事全部言うか。それに俺の言葉に苛立ってるみたいだが……お互い様だ。俺だってあんたには苛立ってる。
「PKが好きでプレイヤーキラーやってるのかと思ったら、やらされてたんだな可哀想に。自分で遊び方も決められないなんてな……だから名前も隠してるんだな。ああ、やらされてるんなら納得だ」
「てめえ……!」
「何だ、死神って呼ばれるくらいPKしてるからやりたくてやってるのかと思ったらこれじゃあただの殺人鬼……いや殺人鬼だって自分で殺すと決めて続けているわけだから、あんたはそれ以下の人形だな。
気持ちはわかるよ。やらされてるだけなんてつまんないよな」
俺の挑発めいた言葉に男は目が血走るほど怒り、ニーナはわなわなと口を震わせている。
けど挑発なんかじゃない。だってそうだろう。まさか、こんなにつまんない理由だとは思わなかった。
トライグラニアで足止めされてるこれからの冒険が楽しみだったであろうプレイヤー達……直接話したのは二人だけだったが、どちらもこのゲームを楽しもうとしていた。
そんな大勢の人間の楽しみを邪魔しておいて、ただやらされてるだけなんて肩透かしにも程がある。
これだけ騒ぎになるほどPKしてみんなを邪魔しているプレイヤーキラーなら、PKを心の底から
それこそ大勢の人間の楽しみと引き換えに自分を優先するような欲でやっていたなら納得できただろうに。
「つまんないよな。自分の意思でやってないって」
俺はずっとつまらなかった。ベッドの上で
「つまんないよな。わかるよ、俺にはよくわかる」
誰かの時間を奪うしかできないんだ。
生かされてるだけだから。
「つまんないよな、自分でやりたい事やれないとよ!」
だから今、俺は自分の意思でここに来れるのがたまらなく楽しい。
「すいぶんな、言い方だな坊ちゃん……? びびり散らかしたそこに嬢ちゃんを棚に上げてよ?」
「何言ってんだ? 少なくともニーナは自分で決めてたぞ。今日だって自分で勝手に責任感じて一人でここに来てるんだからな。やってる事は馬鹿だけど、ニーナの行動は紛れもなく自分で決めた事だ」
ニーナは恐がりながらもやめようとしなかった。
トライグラニアにいたプレイヤー達もだ。先に進めなくても自分でログインしてこの世界の時間を生きようとしていた。
そんな姿を見たからこそ、俺はこの男が気に入らない。自分でやっている事をやらされてるで片付けるこいつが。
「残念だ。まさか死神だなんて言われてる男がここに来るまでで一番不自由な男だとは。それに名前も隠す
さっきまではただの本音だけど今のは思い切り挑発だ。
流石にそれは伝わったのか、男は装備している大鎌で苛立ちをぶつけるように思い切り地面を切り裂いた。
そして次の瞬間、見えなかった男のPNが見えるようになる。
死神と呼ばれるプレイヤーキラーの名前はクドラクという名前らしい。名前の横にはプレイヤーキラーを示すであろう赤黒い刃物のマークがある。
「誰がチキンだこの小僧! 見張りとか関係無くてめえをPKしてやりたくなってきたぜ! 今までで一番むごたらしく! 泣き喚きながらもうやめてって許しを乞うくらいずたずたになあああ!!」
「はははは! 人形から殺人鬼くらいにはなったなプレイヤーキラー!
ようやく殺人鬼の
額に青筋を立てて殺意を向けてくるクドラク。笑いながら吠える俺。
抱きかかえていたニーナを降ろして俺は武器を装備する。
「ヒーローだぁ!? やっぱ正義気取りじゃねえか糞ガキ!!」
「ここはゲームだぜ? かっこつけてなんぼだろうがミスター
こちとら初めてのPvPなんだ、楽しくやろうぜプレイヤーキラー。
お互い気に入らない相手なら尚更! 苛立ちをぶつけ合うように派手にな!
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