18.ログイン
お母さんは魔術師の家系だった。
魔術師の家系といっても、現代の魔術師はもう力を失っている。
それでも、お母さんが話してくれるお話はどんなフィクションよりもわくわくした。
日本では鬼道と呼ばれていた事、
一般的な文化と同じく外国の文化を取り込みながら独自の発展してきた歴史、陰陽師という日本特有の魔術師が生まれた経緯。
魔女狩りから逃れた魔女がうちの家系の先祖だという身近な事から日本に伝わる怪物は大抵実在していたという信じられない事や、サンタクロースも魔術師で実在してるという嬉しい事までお母さんは私に面白おかしく話してくれた。
「これはあなただから話すのよ
だから万が一、未来で魔術の影響で歪む何かが出てきたら、それを調べるのは
そんな風にお話してくれるお母さんが好きだった。
魔術師に関する話をした時は決まって口に人差し指を立てて、秘密のお話だと念押しするのも好きだった。
魔術師の話をしてもらったからって私に不思議な事が起きるわけでもない。
魔術は教えて貰ったけど、それもネットの中で魔術もどきのプログラムを走らせる事が出来るだけで、魔力なんて言われても何それ知らないという感じ。
お母さんの言った通り知っているだけ。お母さんとの約束を守って魔術師の家系である事は誰にも言わなかった。言ったって信じて貰えない事くらいわかったし、言う気も無かった。自分だけが知っているという事がお母さんとの大切な思い出だったから。
お母さんが魔術師について話してくれたのは2022年の夏……私が十二歳の時が最後だった。
「……っ!?」
「あれ……?」
もうすぐ八月も終わりという頃。記録的な猛暑の中、一瞬だけ空気がひんやりとした。
すぐに元の暑さに戻ったけど、お母さんも困惑していたのを覚えてる。
「お母さん……今……」
「え? あ、ああ……大丈夫よ。これは私達の領分じゃないから」
そう言って、その時はそれだけだった。
後から調べるとその日、大きな儀式がこことは違うどこかであって世界の境界が弱くなったらしい。
何の事かはわからなかったけれど、その日からお母さんがずっと何かを調べ始めたのは覚えてる。
調べた結果、その年以降急速に発展したフルダイブシステムについての記事をお母さんは見つけたようだった。
「仁奈……お母さん、ゲームってやった事ないんだけど……お、教えてくれない?」
「ど、どうしたの急に? いいけど……私もうまいわけじゃないからね?」
私に反抗期が無かったのはこの時、お母さんとずっとゲームをやってたからかもしれない。
すらっとしていていつもスマートな自慢のお母さんが見せた困り顔。
その時はまだ中学生だった私を頼ってくれた事が嬉しくて、空いている時間は一緒にゲームをやった。
お母さんは最初何が何やらでコントローラーの握り方すらわかっていなかったけど……私が中学を卒業する頃にはそれなりにゲームになっていた気がする。
だから、エタニティ・ブループリントのテスターに応募した時はそんなにゲームが好きになったんだとしか思わなかった。
テスター用のヘッドギアがプレゼントで届いた時は私だってわくわくした。
何せゲームの世界に入り込むフルダイブシステム……それこそフィクションの中のような技術で遊べるようになるんだと思ったから。
「あああああああああああああああああああああああ!!!」
テスターとしてプレイして一週間、私が学校から帰ってくるとお母さんは絶叫しながらヘッドギアを叩きつけていた。
聞いた事の無い悲鳴、見たことの無い取り乱した姿。
何度も何度も何度も何度も、私が帰ってきた事に気付いている様子もなくヘッドギアを叩きつけていた。ヘッドギアだけじゃなくて自分のパソコンまでテーブルから叩き落として。
……自分の首があるかどうかをしきりに確認していた。
「お母……さん……?」
しばらく立ち尽くして、我に返ってすぐに救急車を呼んだ。
病院では精神的ストレスによるものと判断されて……お母さんは魔術師の話もゲームの話もしなくなって、そのまま療養のために田舎へ行ってしまった。
私は突然一人暮らしをする事になって、お金は十分なほど送られてきたけど寂しかった。
何がお母さんをこうしたのかは結局わからない。お母さんは魔術師とゲームの話をするのがストレスになっているみたいで、話を聞こうとするとパニックになってしまったから。
……だから、自分で調べる事にした。
今の魔術師は
お母さんの資料を調べればいいだけだったからそこまでは簡単だった。
だけど、このゲームが一体何を目的に作られたのか、ただ偶然魔術としての枠組みを得てしまったのかはわかるわけもない。
なら、私がお母さんの代わりに調べるしかない。
お母さんのような人が他にいて問題になって発売されなかったらそれでいい。お母さんがやった事は無駄じゃなかったって思えるから。でも発売されたなら私が調べなければ。
お母さんの娘として、
お母さんのあんな姿を見た後だと恐いけど、魔術師の事もゲームの事も私にとってはお母さんと過ごした楽しくて仕方ない思い出だから。
「……ん、寝ちゃってた…………」
しばらく微睡んで、ぼーっとする頭はこびりついた夢を離さない。
昨日は早めにログアウトしたけど、その後こっそりレベル上げをしていたから結局寝るのが遅くなってしまった。
外は雨で、家の中は少し冷える。
「暖房オン」
本当は喉が乾燥してしまうから苦手だけど暖房をつけることにした。
加湿器は……外が雨だから今はいいか。
ベッドから起きて、机の上に置かれたヘッドギアを見る。嫌でも昨日の事を思い出してしまった。
「リットくんなら、本当に行っちゃいそうなんだよね……」
昨日、私はリットくんの言う事に感情でしか反論できなかった。
死神と呼ばれているプレイヤーキラーの目的が何であれ、噂に聞いただけで怖気づくくらいなら戦闘という形でも接触したほうがいいに決まっている。
エタブルは所詮ゲーム……PKされた所でリスポーンするだけだ。
わかってる。わかってるの。私だってわかってる。リットくんの意見は正しい。
でも、もし、もし……ただ協力者であるリットくんがお母さんのようになったら。
だって、彼は私が巻き込んだようなものだ。彼は魔術とは無縁な人で、お母さんと違って
それなのにもし……リットくんがお母さんのようになったら耐えられない。
そんなリスクを負う必要無く、ゲームを楽しめる人……知らなくていい人なんだから。。
「なんで、私……リットくんに話しちゃったんだろ……」
今更ながらに自分の愚行を反省してしまう。
いや、理由はわかっている。今まで出会った中で最も純粋な人だと思ったからだ。
彼はゲーム越しにでもこの人は信じられると思わせるくらい裏が無かった。
このゲームの何もかもを楽しむ気でいて、
…………いやそれだけじゃない。
「一人が、心細かったから」
ぽつりと本音が零れる。雨音はその声を消してくれなかった。
結局、私は寂しかったから仲間が欲しかった。
お母さんがいなくなって、心細くて、寂しくて、一緒にいてくれる誰かを求めてただけなんだ。
エタブルの配信をしている人を見ていたのだって、アルチーノちゃんのファンになったのだってその延長……だから、つい彼に口を滑らせてしまったんだ。
エリアアリシアとクエストアリシアの独占。このゲームの情報には価値があるという事をもっともらしく言って、協力者だなんて言って。
「……なんでも話せる友達が欲しかっただけ、よね」
恥ずかしいけれど、お母さんと話していた時のように何でも話せる人が欲しかった。
だってお母さんのようになるのは恐かったけれど、ゲームはやっぱり楽しかったから。エリアアリシアを見つけた時だって、誰かと一緒に喜びたかった。
誰か、誰か、誰か。目的が一緒な誰か。
……その誰かになってくれた彼を犠牲にするなんてやっぱりおかしいに決まっている。
「……そう。やっぱりそうよね」
恐怖を誤魔化すように生唾を飲み込んで、私はヘッドギアを頭に着ける。
死神を探るためにわざとPKされにいって接触する……
昨日私が駄目と言ったけど、そんな制止は無視して彼はきっと行ってしまう。
「ログイン。プレイヤー『ニーナ』」
だから、それをするべきは彼ではなく私。 私は
ログインする時の声が震えていたのは……うん……きっと外が雨で寒いせいだろう。
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