17.無気力な町

 メインストリートから少し外れて、いかにもな路地を何度か曲がって俺達は酒場に辿り着いた。

 メインストリートから外れれば少しは人込みも落ち着くかと思えばそんな事は無く、どこもかしこも人だらけで少し落ち着かない。

 病院にいた時も退院してからも、静かな場所にいるのが当たり前だったからかもしれない。


 酒場も同じように混雑しているであろうと思いながら扉を開ける。

 だが予想に反して酒場はそんな事は無かった。まだ夕方だからだろうか。

 酒を飲んだり、壁にかけられている的当てゲーム? をしている客達と一人の店主。

 古めかしい内装も相まって落ち着いた印象を受けた。


「おいあんたら、未成年は酒注文できねえかんなー! できた所で味もアルコールも無いから酔えもしねえんだけどな! はっはっは!」

「どうも、教えてくれてありがとうございます」


 そう俺達に忠告してくれる客はプレイヤーで、酔えもしないと言っている割には酔っぱらっているようだった。ログインする前にリアルで飲んできたのか?

 アルコールが無くても未成年が注文できないのは現実への影響を考えての事だろう。

 だが酒を飲みに来たわけではないのでそこは問題無い……アルチーノさんに注文させたらどうなるんだろ。

 そんな悪いアイデアが浮かばせながらも、俺の興味は酒場の客がやっている的当てゲームのようなものに移る。NPCがやっているみたいだが何かのミニゲームかな。


「ニーナ、あれ何だ?」

「え? ああ、ダーツって遊びよ。知らないの?」

「ああ、初めて見た」


 NPCが投げる矢のようなものが的に刺さる音。

 あんまり娯楽に触れてこなかったからああいうのは少し憧れてしまう。

 とはいえ、今の目的はそっちじゃない。


「ここは子供の来る所じゃない……と言いたい所だが、どうやら大人ぶるためにここに来たようじゃあないらしいなお嬢ちゃん達」


 がたいのいい店主は俺達を歓迎しないような雰囲気だが、どうやら話は聞いてくれるようにカウンターから身を乗り出してくる。

 年齢どころかこっちの雰囲気を読み取るというのはどういうAIなのだろうか。


「最近トライグラニアで噂になっている死神って呼ばれてるプレイヤーキラーについてわかる事を教えて欲しいの」


 単刀直入にニーナが問うと、店主は眉間に皺を寄せた。


「なんだそいつは……聞いた事ねえな」

「え?」

「ん?」


 期待とは裏腹に店主からは何の情報も得られなかった。

 このゲームのNPCはいわば現地住民。そのNPCがトライグラニアがここまで騒ぎになっているというのに何の情報も持っていないなんて有り得るのだろうか。

 情報が無いなら無いでこのゲームなら、最近騒ぎになっているあれか、と切り出してくれてもよさそうだが、まるで一度も聞いた事すらないかのような口ぶりだ。


「無駄だぜお嬢ちゃん達」


 不審に思っている俺達の背後から入ってきた時に忠告してくれたプレイヤーがまた声を掛けてきた。

 大きな鼻に蓄えた髭、体型はふくよかなで手に持っているのは樽ジョッキ。まるでNPCのようにこの場に溶け込んでいるが、背中には装備であろう巨大な斧があり、キャラの頭上にはしっかりドヴァーリンというプレイヤー名が表示されていた。

 ドヴァーリンさんは樽ジョッキの中身を飲みながら続きを話してくれる。


「最近トライグラニアに出る死神について……これに関してをNPCから聞く事はできねえ。どうやっているのかは知らねえが、PKしても指名手配されてねえし他のペナルティもまだ適用されてねえんだよ。とっくに百人以上PKしてるだろうによ」

「そ、そんな……!? 現れてからどれだけ経っていると思って……!」

「ガハハハ! 不具合か何か抜け道があるのかは知らねえけどな! それに痛覚再現設定が強制的にオンにされるって噂もある。初心者狙いだの痛覚再現をわざわざオンにするだのどっちかだけでも胸糞わりい話だってのによ……情報も無い上に褒賞金も出ないからPプレイヤーKキラーKキラーにとってもここに滞在するのは時間の無駄ってわけだ」


 ドヴァーリンさんさんは面白くなさそうに樽ジョッキを飲み干す。

 中身は味もアルコールも無いただ気分だけを味わう液体のデータなのだろうが、それでもそうしたい気分なんだろう。

 ごくごくと喉を鳴らし、ぷはあ、とため息をついて本当にお酒を飲んでいるようだ。


「こっから先に進みたい初心者に出来るのは三つ。死神とか呼ばれて調子こいてるそのプレイヤーキラーが飽きるのを待つか、一か八か目をつけられないのを祈って先に進もうとするか、回れ右してレベル低い狩場で自分を慰めるかしかねえのよ」

「だからこんなに人が集まってるんですね」

「ま、流石に二十四時間動くAIってわけじゃあねえだろうから……寝てるタイミングを狙ってこそこそ次の町まで突っ切るしかねえんじゃねえのか?

朝やられただの夜やられただの被害報告はごまんとあるから、いつがいいのかなんてのは知らねえけどよ……。あぁ……しまった……べらべらとただで情報を……やけ酒遊び方ロールが板についちまったもんだな……」


 ドヴァーリンさんはそう言って店を出ていく。

 テーブルの上にはこのゲームの通貨であるユーマを置いて。


「あらら、あのお客さんまた多めに置いてってるよ……ここ最近ずっとだな……」


 ドヴァーリンさんが出て行った扉のほうを見ながらNPCであるはずの店主がぼやく。

 机の上に置かれた多めのお金がどこかやるせなくて、あの人も一度PKされたのかもしれないとふと思う。

 ここはゲームの中だけど、ここにいるプレイヤーはまぎれもない現実なのだ。










「どうする? NPCからの情報が期待できないとなると、プレイヤーから地道に聞き取りか掲示板で情報収集するか?」

「……」


 酒場から出た俺達はメインストリートから少し外れた露店の並ぶ市場のような通りで休憩する事にした。プレイヤーも多くいるが……この大半が足止めを食らっている初心者だと思うとこの賑やかさも歓迎できない

 露店で買った食べ物で空腹を回復させながら、今後の方針をニーナに問う。

 ニーナはずっと黙ったままで手に持ったタコス風の食べ物も口にしようとしなかった。


「その死神ってやつが電脳神秘師ニューゲートなのは確定として、PKしてるのにどうやってシステムから逃れてるのか気になるよなぁ……」

「……多分、魔術を使ってるんだと思う。ここまであくどい電脳神秘師ニューゲートならそのくらいはやれてもおかしくないから」


 俺が疑問を口にするとニーナもようやく口を開いてくれた。


「へぇ、俺はアルチーノさんが使ってた(偽装)スキルだと思ってたけど電脳神秘師ニューゲートってそういう事出来るんだ?」

「あ……」

「じゃあ死神は忍者とは限らないって事だな、ありがとうニーナ」

「……リットくんて強かというかなんというか」


 ニーナは俺がけろっとしているのがどこか釈然としないようだ。

 そうは言われても俺にはニーナのように恐がる理由も無いわけで……それに、過度に恐がっていたらそれこそこのプレイヤーキラーの思う壺になってしまう。


「で、どうする?」

「さっきの人の言う通り三通り……プレイヤーキラーが飽きるのを待つか、一か八か、活動時間外を狙って進むか……一番現実的なのは引き返してレベル上げだけど……」

「いやいや三通りじゃないだろ」

「え?」


 ニーナは俺に名案があるのかと期待するような視線でこちらを見てくる。

 別に名案でも何でもない。何故四つ目の選択肢が無いのか俺にはむしろわからなかった。


「四つ目、死神を倒して先に進むが何でない?」

「――っ!!」


 ニーナはぽかんと呆けたかと思うと、すぐに感情が顔に戻ってくる。

 怒りと失望が混じったような複雑な表情のように見えた。

 感情のままニーナは俺の腕を掴んでくる。


「何考えてるの!? 駄目よ! それができないからトライグラニアがこんな状態なんでしょう!?」

「いや、プレイヤーキラーを恐がってる理由が痛覚再現の設定を無視する事っぽいだろ? これは電脳神秘師ニューゲートの特性って俺は知ってるわけで……知らないプレイヤーなら確かに驚いてきついかもしれないけど、事情を知ってる俺なら動揺したりはしないから少なくとも戦闘にはなるだろ」

「相手のレベルだってわからないのよ!?」

「このゲームは心臓やら首を狙えば残りHPは無視してキルに出来る。プレイヤースキルさえあればむしろ格上に挑みやすいシステムだ。一度も戦わないまま引きこもるほうが俺は納得いかない」


 滅茶苦茶に痛めつけられてリスポーンさせられたのならともかく、何故まだ出会ってもいない何もされていないプレイヤーに怯えなければいけないのか。

 俺にとっては話に聞いただけの存在で、なんなら架空のキャラみたいなもんだ。

 ここに留まって恐怖で肥大していく噂に振り回されるよりも、一度遭遇してどんな相手かを見極めたほうが有意義だと俺は思う。遭遇しなければよかったねで済む話だ。初心者で大したアイテムを持っていない俺達にはほとんど損が無いチャレンジだ。


「このままグラニア渓谷にプレイヤーが溜まれば、エリアアリシアがいつ見つかってもおかしくない。俺達が独占できる情報じゃなくなる可能性が高い」

「それは……」

「アルチーノさんに話を聞いた時は電脳神秘師ニューゲートである事はついでみたいに言ってたけど……それに驚いていたニーナは多分違うんだろ? 死神が電脳神秘師ニューゲートならそいつの目的を探るのも兼ねてまずは接触するのがいいだろ。ニーナはリスポーンするの恐いって言ってたから俺だけでいいよ」

「だ、駄目! 駄目だよ! それだとリットくんが……! リットくんがもし……!」


 ニーナは声を荒げて立ち上がったかと思えばすぐに言葉を詰まらせる。

 流石に大声を出して立ち上がったからか、周りがこちらに注目し始めた。

 ニーナは焦った様子で俺をじっと見続ける。そんな目で見られようと俺がやる事は変わらない。


「……今日は落ちるね」

「そっか、お疲れ」


 俺の返事を聞き終わる前にニーナは落ちた。

 多分ニーナは俺を心配してくれてるんだろう。

 けど……ここにいればいるほど気に入らない。死神なんて呼ばれてここを支配した気になってる奴なんて。

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