16.無気力な遊び場

「グラニアエイプばっか飽きたな……」

「仕方ありません。こんな状況ですから……」

「グラニア渓谷にレアエネミーっていないの……?」

「夜にならないと出ないから昼時間はひたすらグラニエイプと首領、後は川に降りて釣りすると低確率で何か出るらしいけど」


 俺とニーナが狩りをしながら次の町であるトライグラニアに向かっていると、他にも狩りをしているプレイヤー達を見かけるようになる。

 けれど、何か妙だな。どこか楽しくなさそうというかなんというか。

 グラニアエイプをひたすら狩る事に飽き飽きしているような口ぶりだ。


「飽きたなら先に行けばいいのに……何かレアドロップでもあるのか?」

「さあ……? 私達が倒した中にはそんなアイテム見つからなかったけど……」


 俺達がそんな事を話していると一人のプレイヤーが俺達の会話に気付いたのか小さく手を振ってくる。

 俺はニーナに話を聞くかどうか視線を送ると、ニーナは恐る恐るこくりと頷く。

 念のため俺を先頭にそのプレイヤーに会釈しながら近づくと、そのプレイヤーは少し疲れたような表情で弱弱しく笑い掛けてくれた。


「やあ、俺はオオガミ。君達、トライグラニアは初めてか?」

「はい、今から行くところです」

「さっきの会話を聞いた感じ、今トライグラニアで何が起きてるか知らないみたいだからさ……お節介だけど忠告しようと思ってね。別にお礼を請求したりするわけじゃないから安心してくれ」


 トライグラニアで何かが起きてる?

 もしかしてイベントとかか? それならイベントクエストでグラニアエイプを狩るクエストがあってもおかしくない。


「何かイベントでもやってるんですか?」

「いやいや、イベントだったらどれだけよかったか……はは……、悪質なプレイヤーキラーがね……出るんだよ……」

「プレイヤーキラーって……ニーナから教えて貰ったやつだよな?」


 ニーナのほうに視線をやるとニーナの表情は強張っていた。

 確かに、リスポーンを極端に恐がっているニーナからすれば愉快な話題じゃない。


「知らないかい? 掲示板でも死神って話題になってるんだ……かくいう俺も一度やられてね……。それ以来恐くなっちゃって、落ち着くまでグラニア渓谷に引きこもってるってわけさ」

「恐くなって……? 悪質と言っても相手がエネミーからプレイヤーになっただけですよね……? そのプレイヤーキラーが飽きるまでリスポーンしてまた行けばいいだけじゃないんですか?」

「ただのプレイヤーキラーならね……」


 どういう意味だ? と首を傾げていると、ニーナが俺の装備の袖を掴んでくる。

 ニーナはかたかたと小刻みに震えていて、表情も暗い。


「痛覚再現の設定ってオンオフできるだろう? そのプレイヤーキラーに遭遇すると何故か痛覚オフが解除されてね……散々痛めつけられた後にリスポーンしたから次もやられたらと思うと足が竦むんだよ……」

「痛覚が……?」

「ああ、冗談みたいな話だろ? 多分不具合だとは思うんだけど、やられた側からすると滅茶苦茶恐かったんだ……。だから不具合修正があるかそのプレイヤーキラーが飽きるまで待ってるのさ……」


 俺はニーナから聞いた電脳神秘師ニューゲートの特性についてを思い出す。

 ――ここは電脳神秘師ニューゲートにとっては魔術と密接なもう一つの現実。彼等から受けるダメージはシステム上の痛覚再現じゃなくて現実の痛みそのものになる。

 そのプレイヤーキラーが電脳神秘師ニューゲートであるとすれば、不具合ではない事になってしまう。


「せっかくここで知り合ってパーティを組んでたフレンドも……あれからログインしてなくてね……。やめたくなる気持ちもわかるよ、リアルだとあんな痛みを味わう機会なんてまずないからな……本当に、やられてる時は早くログアウトさせてくれって思ったもんだ……。

けど、それまでずっと楽しかったから諦めきれなくてね……みんなが帰ってくるのをこうして待っているんだ……。いつかもう一度ログインしてきた時に誰か一人でもいたらさ、また楽しくゲームができるきっかけになるんじゃないかって」

「フレンド欄に誰かいると嬉しいですもんね」

「はは、わかるかい? 長く引き止めちゃって悪かったね」

「いえ情報助かります。ありがとうございました」

「そっちの子も恐がらせてごめんね。トライグラニアを出る時は気を付けって忠告したかっただけなんだ」


 俺はニーナの手を引っ張りながら頭を下げて、オオガミさんと別れる。

 オオガミさんはトライグラニアに向かう俺達二人にずっと小さく手を振ってくれていた。



「死神ってさっきニーナも話してたやつだよな?」

「うん……やっぱりただの噂じゃなかったのね……」


 どうやらその死神とやらの影響のせいかトライグラニアに近付くにつれてグラニア渓谷で狩りをするプレイヤーを多く見かけた。

 エタブルのフィールドはかなり広いはずだが、それでもこうして多くのプレイヤーを見かけるという事は、さっきのオオガミというプレイヤーのように留まっている人が多くいるという事だろう。


 俺達はたまにグラニアエイプを狩りながら、そうしてトライグラニアの城門前まで到着した。

 一体どれだけのプレイヤーとすれ違っただろうか。最初のエリアである霞みの森は初心者で溢れているはずなのに大して遭遇しなかった事を考えると、かなり多くのプレイヤーが集まっているに違いない。

 ……気になったのはどのプレイヤーも楽しそうではなかったという事だ。

 経験値を求めるでもなくレアドロップを求めるでもない、ただ何かを見失わないためだけに遊んでいるような。

 あの表情には心当たりがある。自分がやっている事の先に何の成果が無い虚無感が感情を停止させるのだ。

 わかるよ……俺もベッドの上でそうだった。

 生かされている先に何があるか、ただ周りの人達の善意に応えるためだけに呼吸をしていた時期があったから。


「……気に入らないな」

「リットくん?」

「いや、なんでもない」


 トライグラニアの門番NPCと手続きをする。

 滞在権の発行に1000ユーマを払って、トライグラニアの門を潜る。

 ようやく新しい町だというのに隣のニーナの表情も暗いまま。

 今日会った時、こっそりレベル上げを誇らしげに自慢してきた笑顔はどこかへ消えていた。


「う……お!?」

「人……多いっ……!」


 それでもトライグラニアの込み具合に俺達は面を食らった。

 門を潜るとどこかレトロさを感じさせるレンガ建築の色鮮やかな建築物が立ち並び、建物と建物の間にカラフルなインテリヤが吊るされていて、その下に広がっているメインストリートではプレイヤー達が歩いたり休憩したりとごった返している。

 遠くにはクラン登録の建物や職業ギルドへ行く道を示す看板、鍛冶屋やショップは勿論、怪しげな路地裏へと誘おうとするNPCまでいて、どこから寄るか目移りしてしまう。

 まるでテレビで見る観光地のような込み具合。一体どれだけのプレイヤーがここに留まっているのか。


「でもみんな……プレイヤーキラーの事話してるね……」

「ああ、それだけ被害が多いんだな……」


 だがこの賑わいも恐らくは仮初めのもの。聞こえてくるプレイヤーの声は死神やらPKやら、不具合なんじゃないかなどなどさっきオオガミさんからも聞かされた不穏なものばかり。

 導都市トライグラニア……そこは今、初心者達が足止めされている監獄となっていた。


「職業ギルドとかよりまずは情報集めるか」

「いいの……?」

「俺はニーナの協力者……そんで隣にいるニーナが気になって仕方ないって顔してる。ならそっち優先したほうがいいだろ」

「う……ありがとう……。なら酒場を探しましょう。変な情報が集まるって聞いた事あるの」


 何で酒場? と思ったが、後で調べたら定番の場所らしい。

 酔っぱらうと色々喋りたくなるのかな。まだまだガキな俺にはわからんね。

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