11.有名と言われても知らないと別にテンションは上がらない

「うーん……? 痛覚再現と大して変わらないような……?」


 アルティムの宿屋でリスポーンした俺は正直言うと拍子抜けしていた。

 電脳神秘師ニューゲートからのダメージは現実の痛みになると聞いていたので好奇心に耐えられずニーナに催促したのだが、普段ゲームで受けている痛覚再現と感覚があまり変わらない。

 いや、俺が鈍いだけなのだろうか?


「区別がついてないのかな? 元々感覚が無いのが当たり前だったからわからないな……」


 これなら崖から飛び降りた時のほうが痛かったような気がする。

 宿屋から出ながら胸を擦るが、やっぱりよくわからない。

 痛いような痛くないような……? 一回ログアウトしなきゃわからないか?

 なんにせよニーナは大袈裟だなぁ。このくらいならどちらにしろ痛いだけ・・・・で騒ぐような事だと思うが。


「あはっ! いたいた!」

「うーん……それとももっと方法があるのかな……?」

「もしもーし」


 腕組みしながら唸っていると、誰かに話し掛けられた。

 横を見ると女性プレイヤーがこちらに手を振っている。

 紫のロングヘアーと瞳で俺より少し高いくらいの背丈で装備は見た事が無いワンピースのような服だ。PNはクミコ……当然知り合いではない。


「こんばんは、どうしました?」

「リットくんだよね? 少し話したい事があるんだけど、時間大丈夫?」

「いえフレンドと遊んでいるので大丈夫じゃないです」

「そんな事言わずにさ、ね?」


 俺が断って歩き出そうとすると女性は俺の腕に引っ付いてきた。

 ……なんだこの距離感の近さ? ゲームだからか?


「あなたの魂胆はわかっているわ。こうやって接触されるのを待っていたんでしょう?」

「いいえ?」


 ……この人は何言ってるんだろう。

 あまりに意味がわからない。何か勘違いしているんだろうか。


「そう、正体を見せないといけないってわけ?」


 女性がそう言うとクミコというPNにノイズが走り、アルチーノというPNがちらっと見えてすぐに戻った。

 意味が分からなくて早く離れて欲しかったがようやく興味が湧いた。このゲームについての話なら喜んでしよう。


「へぇ、凄い。これ何かのスキルですか?」

「あ、あれ? そこなの? その名前はまさか! とか……あなたはあの超可愛い有名配信者の!? みたいな反応ない? ないの?」

「……? あなたが誰かは知らないですけど、名前がどうなってるのかは気になりますね。このクミコって偽名なんですか?」


 クミコ……じゃなくてアルチーノさんか。

 アルチーノさんは俺の言葉のせいか少し泣きそうな顔になっている。

 ……何か悪い事したかな?


「い、いいもん……そりゃエタブル始まってから人気は出て来たけどまだ百万人とかいったわけじゃないし……まだ知らない人がいっぱいいるってわかってるもん……むしろまだまだ頑張れるってわかったからいいもん……」


 アルチーノさんはぐしぐしと袖で目元を拭う。

 一瞬、話し掛けてきた時の余裕を失いかけていたがすぐに余裕たっぷりの笑顔を浮かべて見せた。


「私の職業は"忍者"……(隠密)や(偽装)のスキルでステータスを別のものに見せられるのよ」

「へぇ……かっこいいですね」

「そ、そう? かっこいいかしら?」

「かっこいいですよ。初めて見ました」

「こ、こほん……そんなおだてても転職条件は教えないんだからね!?」

「ははは、当たり前ですよ。このゲームの情報を褒めたくらいで教えて貰えるなんて思ってないですって。それじゃあ教えてくれてありがとうございました」

「え? あ、そう? それじゃあ……」


 俺はにこやかに手を振ってその場から離れようとする。

 少し歩くと、後ろからどたどたと走る音が聞こえてきて俺の肩は後ろからがっと掴まれた。


「ちょっと待てぇ! さりげなく逃げようとしたでしょ!!」

「……」

「無視!? たった今まで雑談してた相手をそんな堂々と!?」


 ちっ……ばれたか……。

 他プレイヤーと関わるのは歓迎ではあるんだけど、最初から探りを入れたり名前を偽装して近寄ってくるような人は正直相手したくはなかった。

 かっこいいは本音だが、偽装する職業について知れただけでいいかなって。


「ちょ、ちょっとこっちに来て!」


 アルチーノさんは両肩を掴んだ俺をそのまま引っ張って路地裏のほうへ。

 最初の町であるアルティムは欧州の小さな町のような風景が広がる町だが、路地裏は路地裏らしく薄暗い。

 アルティムにはいないが、他の町だとこうした路地裏に占い師のNPCとかがいたりするらしいので隅々まで散策するのが吉、らしい。

 俺が攻略サイトに少し書かれていた「ネタバレ無し初心者向けアドバイス」のページを思い出していると、二人だけになったからかアルチーノさんは遠慮なく俺に詰め寄ってくる。


「なんです? フレンドと待ち合わせなんですって」

「なんですって……察してよ! こっちはあなたの撒き餌に釣られてあげたのよ!? わざわざこんな初心者の町まで来てあげたのに塩対応すぎない!?」

「撒き餌って……釣りの話とかですか? ゲームでもリアルでも釣りはやった事ありませんよ?」

「……はい?」


 アルチーノさんは俺の反論にぽかんと口を開ける。


「あ、あなた……電脳神秘師ニューゲートじゃないの?」

「!!」


 ニーナの口からしか聞いた事の無い固有名詞に流石に反応してしまう。

 俺の反応を見てか、アルチーノさんはほっとしたように胸を撫でおろした。


「よかった……少なくとも人違いじゃないみたい……。いや、だとしたらその察しの悪さはどうしたのよ!? わざわざ電脳神秘師ニューゲートで検索かけたりしてたのはなんだったの!?」


 ……そういう事か。

 何故話が噛み合わないのか、何故この人が俺に付き纏おうとしているのか。

 俺はさっきニーナに言われた事を思い出す。

 ――電脳神秘師ニューゲートなんて単語を使って検索したら何か情報を持っていると勘違いされて標的にされるかもしれない。

 今がまさにその状況なのだ。このアルチーノさんは電脳神秘師ニューゲートで、何も知らないで検索をかけた馬鹿な俺の事を調べてわざわざここに来たという事になる。

 どうしたものか……? ニーナと約束しているので俺が話せる事なんて無いに等しい。だがここでそんなもの知りませんととぼけるのは勿体ないような気がする。


「正体を偽装されたまま話されても……こっちは初心者で隠せるものなんてないですから」

「別にあなたに偽装したくてしてるわけじゃないっての! 私ってそこそこ有名人だから偽装しないと駄目なわけ! お望みなら解除してあげる!」


 そう言ってアルチーノさんが自分の頭上にあるPNに触れると偽装が解除される。

 クミコだったPNはアルチーノになり、紫の髪と瞳はふわふわとした金のツインテールと青い眼に変わった。服もさっきまでとは違ってどこか可愛らしい巫女服のような装備になっている。


「どよ! 今話題沸騰中の超可愛いエタブル系V配信者バーチャルストリーマーアルチーノちゃんと対面できる喜びを噛み締めなさいこの幸せ者め!」

「へー、有名な方なんですね」

「うぐっ……! さっきから私に効くような言葉ばっかり……!」

「すいません、世間知らずなもので……」


 ここまでアピールしてくるという事はこのPNと姿は本物っぽいな。

 本人が言っている通り有名なのかもしれないが俺が無知なので全く分からない。

 そういえば、規約に自分のキャラクターのアバターデータは外部でも自由に使用できるみたいな事が書いてあったような気がする。読んだ時は意味がわからなかったけど、こういう配信者の人のためにある規約だったんだなあれ。


「さあ! ここまでしてあげたんだから何者かくらい吐いてもらうわよ!」

「いや何者と言われても……」


 詰め寄ってくるアルチーノさんに壁まで追い詰められてしまう。

 本当に何も知らないで検索しただけです、って言って信じて貰えるかな……電脳神秘師ニューゲートの事は後で知ったからどうしようもない。

 どうにか納得できるような答えが思い付かないか。


「リットくん? こんな所で何しているの? さっきのリスポーン大丈夫……だった……?」


 そんな時、我等がパーティメンバーのニーナがひょこっと路地裏を覗いてくる。

 パーティを組んだままなのでマップに表示されている俺の場所を目指してきてくれたのだろう。町で合流するって話していたから当たり前か。

 アルチーノさんは俺の仲間の予期せぬ登場に先程までの勢いが消える。


「あ……フレンドと待ち合わせって本当、だったんだ……?」

「さっきから言ってるでしょ」


 アルチーノさんに詰め寄られている俺を見たからかニーナはふるふると震え出す。

 俺がこの状況をどう説明しようか悩んでいると、


「あ、あ、あ、アルチーノちゃん!! 本物だああ!!」

「へ?」

「え?」


 ニーナのミーハーな悲鳴が路地裏に響き渡った。

 いや本当に嬉しそうだな。

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