10.困惑は好奇心から
「そういえば、プレイヤー同士が戦うのをPvPって言うんだな」
「ええそうよ……『
ニーナから
どんなにオカルトな話を聞かされた所で全てはこのゲームの中で起きる事……結論は変わらずこのゲームを遊ぶ事なのだ。
その為にもやはりレベル上げは必須だ。俺に発生したクエストアリシア「望郷のアフェクシオン」の推奨レベルが70……ならば最低でもそのくらいまでは成長しなくては。
「プレイヤーでもプレイヤーを攻撃できるんだな……言われてみればできない理由もないだろうけど、最初の町のアルティムじゃあプレイヤー同士で争うなんて見た事無かったからそういう発想にならなかったな」
「最初の町でやるメリットが無いからね。PKは希少なアイテムを奪い取ったりするためにするけどアルティムにいるプレイヤーは初心者ばかりだから持っているわけ無いし……PKすると名前の所にPKマークがついて町の施設を利用しにくくなったり、他プレイヤーからプレイヤーキラーってばれて避けられたりするから最初からそんなやりにくくする人いないもの」
「PK?」
「
「ああ、なるほど」
ニーナは向かってくるゴブリンを杖で殴り倒しながら俺の疑問に答えてくれる。
ニーナの職業は魔法使いなので基本は魔法を使って倒しているが、接近された時に反応できるように杖でも戦えるようにと指示してある。
ゴブリンの顔にも慣れたのか恐がる様子も無くなり、昨日ゴブリンと無様な追いかけっこをした子と同一人物とは思えない動きを見せている。どうやらこのゲームで動くコツを掴めたようだ。
レベルももう7になっていて、このエリアで倒すのが難しいのはトレントくらいなものだろう。もう少ししたら狩場をグラニア渓谷に移してもよさそうだ。
「どうリットくん? 成長したと思わない?」
「ああ、もうゴブリンの顔は恐くないか?」
「正直恐いけど、倒せるってわかったら今は昨日よりましになった……かな?」
「レベル4で『
辺りを見回してみるがエネミーらしき影は無い。
どうやらあらかた倒してしまったようで、どこかで敵がリポップするまでは小休憩といったところか。
「ええ、まだ平気よ……それより、リットくんももっと自分に合った場所で遊びたいでしょうに、付き合わせてごめんなさい。私しか攻撃していないから経験値も入らないのに」
「これから二人で遊ぶためのレベル上げだろ。気にしなくていい、次の狩場からは一緒に狩る事になるだろうしな」
「ええ、でもさっき話した一件といい今のレベル上げといい……昨日会ったばかりなのにあなたにお世話になりっぱなしだから何かお礼をしたいんだけど……お礼できるものなんて持ってないのよね」
お礼か。寄越せとがめつく迫る気は無いが、貰えるものなら貰っておきたいのが本音である。
でもニーナの言う通りアイテムは俺と大差ないだろうし、
…………あ。一つあった。
「お礼してくれるのか?」
「え? ええ、何か出来る事があるなら」
「よし、じゃあ俺の事キルしてみてくれない?」
「………………はい?」
俺はインベントリからてきとうに武器を取り出す。
これ何の武器だったっけ? まぁいいか。
左腕にぶすっと一撃。リットに2のダメージ。
「何してるの!?」
「自分の攻撃で痛みがこんなもんか……あ、やばい。この武器毒付きだった」
「本当に何してるの!?」
ステータスに表示される毒の状態異常マーク。後数分もすれば自動的にリスポーンだな。
俺は困惑するニーナを尻目にインベントリから短剣を取り出してニーナのほうに投げる。ちゃんと魔法使い職業でも装備できるやつだ。所有権放棄っと。
「ほら、さっき言ってただろ?
「何で!?」
「いや実際にどんなもんかなって……知っておかないとどう身構えたらいいかわからないだろ? お礼っていうなら丁度いいなと思ってさ。ほら頼むよ」
実際は好奇心半分なんだけど、実際にどんなもんか知っておくのは大事だろ。
さあ思い切り来い! と両手を広げるが、ニーナは俺に向かって変なものを見るような視線を向けたまま動かない。
あれニーナさん? ニーナさん? もしかしてドン引きしてません?
そんなお礼したいなんて言うんじゃなかった、みたいな顔で見られると……ああ、でもこういう顔もいいよな。
「ゆらは何でこのゲームを?」
「友達に誘われてログインしたんだけど、今日は来れないってさっき連絡来て……一人でどうしようかと思ってたからミナトくんとパーティを組めてよかったよ」
「俺のほうこそありがたいよ、ゲームはそれなりにやってるけどフルダイブゲームなんてどんな感じか想像もつかなかったから初心者仲間がいて心強い」
霞みの森を歩く男女のパーティは男の
共に今日が初ログインで最初の町アルティムで動けぬまま周囲をきょろきょろとしていると目が合い、そこから意気投合してフレンドとなった。
男のプレイヤー、ミナトは一見平静のように見えるがその実胸が高鳴っていた。
エタニティブループリントをやるべくバイトに励み、ついに購入して今日が初プレイ。そしてログインした直後から同じ初心者で女の子のプレイヤーと知り合う事が出来たのだ。
彼のリアルは十六歳の高校生……年頃の彼としてはガッツポーズもしたくなる。
「えへへ……何か緊張するね、今までのゲームと全然違う……」
「う、うん! 本当に凄いね! 最新技術だけあるよ!」
森に入って不安そうな笑顔を見せるゆらに見惚れるミナト。
無論キャラクターの見た目は生体スキャンで無ければ色々と変えられるため、この笑顔が現実の笑顔そのままとは限らないのだがそんな事はどうでもよかった。
今はこの幸運な状況を楽しみ、そして次の約束を取り付けたい。そのためにも頼れる所を見せなければとミナトは燃える。
「……! 何か聞こえる」
「え? て、敵かな……?」
「わからない……こっちだ」
森の中を少し歩くと、どこからか声が聞こえてくる。
足音を殺して隠密気味に声がするほうへ。途中、ゆらが後ろからミナトの服をぎゅっと掴んできた事に悶えかけたが、何とか抑えて草の陰に隠れながら声が聞き取れる距離まで近付いていった。
「頼むよ……いいだろここで」
「駄目だよそんなリットくん……」
「じゃあ胸は? ニーナ! 胸!」
「ええ……でも……」
聞こえてくる会話にミナトとゆらは顔を赤くする。
VRMMOはフルダイブシステムで仮想世界に入り込み、よりリアルな体験をプレイヤーに与えてくれるゲーム。リアルになれば勿論、
本来ならこっそりここから離れる所だが、ここは健全なゲームの世界。プライベートな場所ならともかくフィールドエリアのような全プレイヤーが行き来できるような場所でそんな行為をしているとすれば規約違反だ。
ほんのちょびっとの正義感と大部分を占める年頃の好奇心がその声のほうへとミナトを歩かせて、ゆらも少しは興味があるのか黙ってついてくる。
そおっと声がするほうに近付き、草の陰から何が行われているかを覗いてみると――
「頼むよ! 胸に思い切り一突き! ほら! やってくれ!」
「確かにパーティだったら
「これは必要な事なんだ。ほら、どっちみち毒でもうすぐリスポーンするならニーナにキルされたほうが色々確認できて効率がいいだろ!? 頼むよ!」
「うう……」
そこには両手を広げて自分の胸を刺せと催促している男プレイヤーと短剣を持って嫌がっている女プレイヤー。
甘酸っぱい青春も思春期が期待するような光景もそこには無く、ただただ奇怪な二人組がそこにいるだけだった。
(カップルがいちゃついてると思ったら男が女のほうにPK催促してる!? どんなニッチなプレイしてんの!?)
(と、と、と、都会って進んでるんだなあ……!?)
想像していたものとあまりにかけ離れていた意味の分からない現場に覗く二人は困惑するしかない。
しばらく問答が続くと、ニーナという女プレイヤーが意を決したように短剣をリットという男プレイヤーの胸へと突き刺した。
「ぐぶっ……」
「きゃあ! り、リットくん!」
「う……ぐ……。じゃ、じゃあアルティムで落ち合……おう……」
最初からHPが減っていたのか、あっさりとキルされて消滅するリット。
残されたニーナは震える体でその場にへたり込んでいた。
一連の光景を見ていたミナトとゆらは顔を見合わせてそっとその場から離れる。
「……」
「……」
少し離れた場所で二人は呆然としている。
どちらも考えている事は同じだ、一体あれは何だったのか……その一点に尽きるだろう。
「……ねぇ、ミナトくん」
「な、なに?」
「エタブルってああいうのが流行ってるの……かなぁ?」
「いやぁ……あの人らが特殊なだけじゃないかな……」
妙な光景を見てしまったせいで流れる微妙な空気。
最初にあった初々しさは衝撃で吹き飛ばされていて……なんだかんだ同じように興味から覗き見をしたミナトとゆらは馬が合うようで、この日以降もパーティを組んで遊ぶ事になる。
馬が合うきっかけがあの光景だったのが幸運か不運かはさておいて、一つのパーティがまたここに生まれたのだった。
―――――
パーティ内でのPKはFFと判断されてすぐリスポーン地点にリスポーンするのでアイテムの強奪などはできません。
それを利用してプレイヤーキラーに狙われた時はレアドロップを持っている味方をわざとキルするという対策が一瞬流行ったのですが、やりすぎると悪質判定されてパーティの面子全員がプレイヤーキラー扱いになると発覚してすぐに廃れました。
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