9.現実と仮想はかくも混ざっていく
ニーナに平手打ちされた後、俺達はグラニア渓谷に移動して初めて出会ったエリアアリシアに移動した。同業に盗聴される可能性があるとかどうとか。
川に飛び込んだ体を乾かしながら砂浜で体育座りをする俺の前で、ニーナはどこから説明したものかと少し頭を悩ませている。
「発端は二〇二二年……ってそこまでいくとややこしいか。そうね……リットくんと会った時、私が
「ああ、覚えてる。隠し職業だと思ってた」
「あれはゲーム上の職業じゃなくて現代の魔術師をそう呼ぶのよ。
どうりで検索しても何も出てこないわけだ。
ゲームの隠し職業どころか現実社会で隠れている集団の事だったらしい。
「仮想現実の中で、と言っても魔術を使って好き勝手出来るわけじゃないわ。現代社会では魔術はプログラムの一つに過ぎなくて、どれだけ魔術だと言い張っても、所詮は機材や電波を介した作業に過ぎないからハッカーやクラッカーになれるくらい」
「じゃあほとんど普通の人間と変わらない?」
「変わらないどころか知識があるだけの普通の人間なの。昔と違って神秘に属する人間の天敵みたいな存在がほとんどいなくなっているから、後は昔の封印や呪いが外に出ないように見張ったり土地を確保するだけ。
完全に衰退していないのは陰陽師とサンタクロース達くらいかしら。呪いや妖怪の封印とか供養とかまだ必要とされているし、サンタクロースは子供がいる限り信仰が途絶えないから」
「サンタクロースって魔術師カウントなんだ……」
ニーナにどれだけ説明されても半信半疑というのが本当の所だ。
いくら俺が世間知らずでも現実とフィクションの違いくらいはわかる。
――このゲームをやる前までは。
冗談みたいな話にこうして耳を傾けているのは、俺の体が治った経緯もまた冗談みたいな話だったからだ。
「もう特に役目もない。そう思っていたら、一つのシステムととあるゲームが現れてしまった」
「フルダイブシステムとエタニティ・ブループリント?」
ニーナは小さく頷く。
「そう……普通ならただ技術が発展しておめでとうで終わる話なんだけど、このゲームの世界の元ネタになったのがとある魔術師の描いた魔術書の仮想世界だったの。
人間が精神ごと電脳に入り込めてしまうフルダイブシステムとそれを完全に受け入れられる仮想現実エタニティ・ブループリントがその魔術書の世界を完全に再現できてしまった。その魔術師がどんな目的でこの世界を構築したのかも知らずにね」
「目的?」
「魔術師が魔術書を書くのは何らかの目的があるものなの。その魔術書の世界を完全に再現してしまったこの仮想現実は魔術そのものといってもいい……だから現代の魔術師である
一通り説明してくれた後、不安そうな顔で聞いてくるニーナ。
傍から見れば荒唐無稽な話という自覚はあるようだが、こんな話をわざわざ場所を変えてまで説明する理由もないのも事実だ。
「正直全部信じろって言われると難しいけど、俺の体の一件があるからなぁ……魔術の影響でっていうなら医学でわからなかったのも納得がいくというか」
俺は元々このゲームにある不可思議な謎を確かめるためにこのゲームをやり始めたようなもんだ。ここでその謎の一端が魔術でした、という話をここで信じないのならばそもそも謎を確かめるなんて発想は出ない。
なんだ、そう考えると元々俺はそういうのを受け入れる用意が出来ていたと言ってもいい。
だが、気になる事がないわけじゃない。
「なんでそれを俺に話したんだ? 知り合ったばかりな上に俺は一般人だし、
そう、こんな話をどうして俺にしたのかという点だ。
俺が信じるという保証が無いし、もし俺がこの話を言いふらすような奴だったらゲーム内でもあらぬ噂を立てられて動きにくくなるリスクまである。
「ここまで話したから言っちゃうけど、この世界は何らかの目的を持っている……そしてそれは私が発見したエリアアリシアやあなたに発生したクエストアリシアが関係しているというのが有力なの。メインストーリーとは全く関わりが無いのにこの世界と密接になっているような描写が多いから。
だから、そんな情報をあなたがさっき惜しげもなく私にしてくれて……二人だけの秘密だけって言ってくれて……。私だけ隠したままっていうのは嫌だった。あなたの誠実さに負けたわ」
誠実な気は全く無かったのだが、それを言うとまた怒られそうなので言葉を呑み込んでいく。
俺はただ自分でやり方を決めたいだけだからそんな上等な人間ではない。
「それにクエストアリシアを進める以上、
ここはゲームの世界だけど
「気を付ける? ゲームの世界である事には変わらないんだろ?」
「今までは自分の精神までネットの中に反映できなかったからハッカーやクラッカーとしてしか力を発揮できなかったけど、仮想現実に精神をフルダイブしたら話は変わるわ。
ここは
「へー」
「へーって……これが一番恐いのよ?」
ニーナは俺の反応に不満そうだが、今までの話と違って一番すんなり呑み込めたかもしれない。
何故なら、俺の体が治った謎に一番近い現象だと思ったからだ。
俺はこのゲームをやるまで首から下の感覚が無くて動かす事もできなかったが、このゲームをやってから感覚は戻って動くようにもなった。
それが危険だから忠告したいというニーナの気持ちもわかるが、俺にとっては感謝したい仕様でもある。
「あ、だからニーナはリスポーンを恐がってたのか? 万が一
「うっ……そ、そうよ! 臆病者でごめんなさいね!」
「いや別に。痛いのを恐がるのは自然な事だろうし。はは、普通のゲームじゃないとは思っていたけどそういう事か……ますます面白くなってきたな」
「う、受け入れが早いわね……こっちは信じて貰えるかどうか不安だったのに悩んだのが馬鹿みたい……」
俺の様子が思っていたのと違っていたからかニーナは不服そうに頬を膨らませる。
疑うよりは信じたほうが納得いくから受け入れただけなのだが、どうやらもっと悩んで欲しかったらしい。悪いが、そんなに思慮深い人間じゃないから諦めてくれ。
「別に信じようが信じまいが俺達二人でこのクエストアリシアを独占して調べるって方針は変わらないだろ? だったら信じちゃったほうが楽だろ」
「まぁ、そうだけど……」
「このゲームを楽しむってスタンスも変わらないだろ? 元がなんだろうがゲームではあるんだからさ?」
「そうね……うん、それはそうなんだけど……何かあなたを見ていると打ち明けるのに悩んだ私が馬鹿みたいに思えてきたわ……」
頭に手を当てて、ため息をつきながらもニーナの表情はどこか明るい。
色々とオカルトちっくな話はされたが目的は変わらない。むしろ話を聞いて目的が一緒になったまである。
ニーナはこの世界の目的を、俺は俺の体に起きた謎に関わりがありそうなその目的とやらを調べるために。
結局、やる事はこのゲームを遊ぶことになるのだ。
「ああ、そうだ。この話を聞いたからといって
「……」
「何で無言なの? ねぇ、まさか……リットくん……?」
……言うのが遅かったようだねニーナさん。
がっつり検索かけちゃったよ。だって隠し職業だと思ってたんだもん!
~???~
「
決して表には出ず、事情を知る者の間でしか知らないワード。
一般のプレイヤーでは決して知る由もない存在だ。
ゆえに、このワードを検索するという事は……必然こちら側の人間という事になる。
「けど……」
だからこそ、
あまりに堂々とし過ぎていて、
該当プレイヤー名はリット。まだ初めて一週間の新規プレイヤーだった。
あまりにも怪しいが、情報を持っていて交渉のためにこうして釣っている可能性も捨てきれない。横の繋がりが無い
「……初めて一週間なら大したレベルでもないだろうし、リスクは低いっしょ」
接触を決意しながら彼女は配信開始ボタンをクリックする。
「みんなーこんチノー! 寄生はするもされるもノーサンキュー! でも情報だけは誰でもウェルカム! 今日もエタブルやっていくよー!」
ゲーム上に展開される配信画面。表示されるコメント欄。
彼女のプレイヤー名はアルチーノ……エタブルの発売後、登録者を勢いよく伸ばしている配信者の一人。
自分の正体と腹の内の思惑を隠して、金のツインテールを揺らしながら今日も飛び切りの笑顔を画面の向こうのリスナー達に見せていた。
―――――
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