8.つい口に出ちゃう事ってあるよね
「え!? クエストが発生した!?」
夕方になってログインしてきたニーナと合流してクエストの事について伝えると、信じられないといったような顔をしながら声を上げた。
ニーナからすれば先にエリアアリシアに辿り着いた自分ではなく後から紛れ込んだ俺にクエストが発生するのは納得いかないだろうがこればかりは俺に言われても仕方ない。なにせ自分だって条件はわかっていないのだ。だからそんな目で見ないで欲しい。
「それで、内容は……?」
「内容はと言われてもな」
今日はニーナのレベル上げのために引き続き霞みの森に来ている。
俺が受注済みクエストのウィンドウを開こうとすると、ニーナは慌てて草の陰のほうに入って俺を手招きする。
そんな事しなくてもステータスなどはプレイヤーが見せようとする相手にしか見えないのだが……ニーナがあまりに真剣な様子なので俺はそのまま草の陰に入ってニーナの隣に座る。
……近い。いい匂いがするのは気のせいだよな?
「クエスト名は『望郷のアフェクシオン』……推奨レベルは70……」
「他のクエストみたいに詳細も場所を示すガイドラインもない。発生条件もわかってないから餌を前にお預けされてる犬の気分だ」
「犬飼ってるの?」
「いや動画で見た事あるだけ」
「私の家は飼ってるわよ。キャバリエって犬種」
「全くわからない……というか、それ言っていいのか? リアルとか」
初めてゲーム外の事を話したが俺の知識が無いので全く広がらない。
後で調べてみよう。
「別に犬を飼っているかどうかくらいいいでしょう……むしろあなたこそいいの? もうわかっていると思うけれど、エリアアリシアやクエストアリシアみたいに
場所は勿論、発生した時の状況でさえ高値の情報として取引されているわ。日本初のフルダイブゲームで新規参入もどんどん増えている今、価値はこれからもっと上がるわ。私達が会ったあの場所とこのクエスト情報を土産にすれば今すぐトップクランに入る事だって出来ると思うわ」
ニーナは真剣な様子でこの情報の価値について説いてくる。
それは昨日、攻略サイトや掲示板で情報を探した時から俺もわかっている。
日本初のフルダイブゲームという事で検索すれば有名らしい配信者はどんどん参戦しているし、掲示板ではリアルマネーで情報を買おうとしている者までいた。
そんなこのゲームの隠し要素の情報とあらば話題性も含めてその価値が高くなるのは必然……そこら辺の事情にあまりピンと来ていない俺でさえわかる。
「いや、そんなのやるわけないだろ……」
だが俺の中には情報を売るなんて選択肢なんて元から無かった。
若干呆れている俺の反応が意外だったのか、ニーナは逆に不思議がっていた。
わかりやすいというか顔に出やすいというか、情報の価値をわざわざ説いてくる辺りニーナは素直な子なんだろうなと思う。
「ど、どうして?」
「どうしても何も……秘密って約束しただろ。ニーナの同意が無いなら俺はこのエリアの情報をどこにも持っていかない」
「でも、クエストは約束に含まれてなかったわ」
「あのエリアで発生したクエストなんだから含まれるだろ。そんな屁理屈で昨日できたばかりの友達をすぐ裏切るような事しないだろ。どんだけ俺性格悪いやつだよ」
「……あなたはこのゲームで知りたい事があるって言ってたでしょう? トップクランに入ったらレベル上げも融通してくれるだろうし、装備だってお下がりを貰えるでしょう。このゲームをやる上で相当有利、に……」
そこでニーナは俺の顔を見て言葉を止めた。
俺の顔があまりに不細工だったからだろう。なにせ今の俺は顔はきっと親でも見たことないくらい不愉快そうにしていただろうから。
「俺はこのゲームをやるまでずっと病院にいた。体が動かないから担当の先生や曜日ごとに変わる看護師さん、介助士さんに清掃の人に管理栄養士の人達……ずっと見守ってくれる母さん……そして他にも色々な人達に生かされていた」
「……?」
「生きてたんじゃない。
少なくとも、俺はとある時期からそう思うようになってしまった。
病院で口にしたら怒られるだろうからずっと誰にも話した事は無かったから、人に話すのは初めてかもしれない。
何で昨日知り合ったばかりのニーナにこんな事を話してるんだろう?
いや、もしかしたら知り合ったばかりだから口が滑ったのかもしれない。本当の顔かどうかもわからず名前も知らない、知り合ったばかりの友人だから。
「戦えもしないからただ呼吸をして、病気と闘う人の苦しさも勇気もわからなくて、ただただベッドの上で毎日世話をされるだけ。感覚が無いから苦しくもなくて、それでも辛かった。動けない不自由さじゃなく、生きている実感が全くない時間が」
「そんな事――」
「やっと、このゲームのおかげで自分の意思で生きられるようになったんだ。このゲームをやってから体が動くようになった」
「!!」
ニーナの言葉を遮って俺は食い気味に続ける。
レベル上げを融通? 装備のお下がりを譲られる?
そんなゲームライフは勘弁だ。中指を立てて断ってやる。
俺を救ってくれたこのゲームの中でまで、他人に生かされてたまるかくそったれ。
「だから俺はこのゲームの中では絶対に自分でやりたい事を決めて、自由にこのゲームを生きる。レベル上げに装備の製作、情報交換や交渉……全部を俺が判断してプレイする。
たかがゲームで大袈裟だと馬鹿にしたいなら馬鹿にされたっていい。俺はニーナの同意が無い限りこのエリアやクエストの情報は他に開示しないと約束した。だからしない。誰も彼も邪魔するな。今、俺が決めた」
俺が腕組みして傲慢にそう主張すると、ニーナはぽかんとしている。
たかがゲームで何をそんなに鼻息を荒くしているんだと笑われたっていい。
草のくすぐったさも走る疲れも、歩く感触だってこのゲームがくれたんだから。このゲームの中でまでおんぶにだっこで生かされたくないのだ。
「さ、俺は言いたい事全部言った。二人の秘密として継続って事でこの話は終わりだ。早くレベル上げしよう」
俺がそう言って草の陰から出ようとするとニーナは俺の手を掴む。
「なんだ? まだ文句があるのか? 俺は喧嘩するなら女の子でも容赦しないぞ。なにせリアルが貧弱だからな! 本気を出しても女の子相手でも余裕で負ける自信がある!」
「いやしないわよ……でも、その……。私も話があるというか……隠していた事が……」
「いやそれはそのまま隠しておけばいい。別にお互いさらけ出そうって意味で自分の事を話したわけじゃないから」
「そ、それはわかってるけど!」
「俺は勢いで言っちゃったけど、知り合ったばかりなんだから無理しなくていい」
別にニーナに話させるために自分の考えを全部吐き出したわけじゃない。
こんな事で見返りなんて貰ったらむしろ気持ち悪いからな。
だが俺がいいと言っているのにニーナは引く気は無さそうで、ずっと俺の腕を掴んだまんまだった。
「あなた、このゲームをやってから、病気が治ったの?」
「……? そうだよ? おかしな話だろ? でも状況的にそうとしか言えなかったし……医者の先生は有り得ないって言ってたけどな」
「……」
ニーナは俯いて、しばらくすると何かを決心したように顔を上げた。
「やっぱり聞いて。あなたも無関係じゃないのかもしれない」
「関係? ニーナの目的に?」
「ええ……けど、その、約束して欲しい事があるの」
「何を?」
「……絶対に信じて欲しい」
真剣な表情でそう言ってくるニーナ。
そんなに念を押されなくても俺もこのゲームに関しては無知みたいなもんだから大抵信じるけどな。
俺が頷くとニーナは深呼吸を繰り返す。ゲームだけど意味あるのかな、とも思ったが酸素ゲージなんてものがあるなら意味があるのかもしれない。
何度か繰り返して、意を決したように口を開く。
「エタニティ・ブループリントはね……魔術師が作った世界なの。魔術が完全に衰退した現代社会の中で科学が生んだ魔術の最後の居場所なの」
………………。
いけない、つい呆然としてしまった。そうだな、何を言うべきか。
「えっと……ニーナも俺と同じで馬鹿だったのか?」
「~~~~!! 信じて欲しいって言ったでしょ!!」
顔を真っ赤にしたニーナの平手打ち。
リットは1ダメージを食らった。
ごめん、つい口に出てしまった。
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