6.弱いとわかっていても恐いものは恐い(レベル1の少女談)

「リットくん! リットくん!」


 あれから隠しエリアから出てきた俺達はグラニア渓谷から少し後退して、最初のフィールドエリアである霞みの森へと来ていた。

 流石にグラニア渓谷でニーアのレベル上げをすると俺頼りになってしまうし、経験値効率もフォークで水を掬って飲むくらい悪い。

 それにここ数日やって、エタブルはなによりプレイヤーがどう動くかが大切だというのは俺でもわかる。まずはそれに慣れさせないといけない。


「リットくん! 助けて! やられちゃうってば!」

「やられないやられない」

「リットくんの嘘つき! 助けてくれるって言ったじゃない!!」

「危なくなったらって言っただろ」

「キキーッ!!」


 目の前で繰り広げられるのはニーナとゴブリンの追いかけっこ。

 ニーナはレベルの低さとは全く関係無いぎこちない走り方で逃げ、追い掛けるゴブリンもただただ追い掛けるだけで一定距離になると棍棒攻撃をするの繰り返しで追い付かない。

 ……なんというか、レベル1のプレイヤーがレベル1のゴブリン相手に全力で逃げている光景は見ている分には正直面白かった。本人の涙目を見るに本人はあれで必死のようだ。


「逃げるんじゃなくてちゃんと相手を見て戦うんだ。初心者用のエリアだから動きも遅いし、攻撃もワンパターンだからすぐに慣れる」

「無理よ! だってあんなに顔恐いもの!!」

「それにその装備なら棍棒で殴られても別に大したダメージ無いと思うぞ」

「そんなの、わ、わ、わからないでしょ!?」


 どうやらスタミナが切れたのかニーナは息切れし始める。

 まぁ、追い掛ける時間が長すぎてゴブリンもスタミナを使い切って肩で息をしているみたいだが。

 ゴブリンがスタミナ切れしたの初めて見たな、こんなん見る前に倒す敵だから新鮮だ。


「リットくん! げ、限界!」

「いや限界なのはスタミナだけだから。HPは綺麗にマックスだよ」

「私が、こんなに言ってるのに……! あ、悪魔! 鬼! 鬼畜! 冷徹男!」

「馬鹿だから何言われてるかわかりませーん」


 ニーナは俺を恨むような視線を向けてくるが気にしない。

 だって別にピンチでも何でもないんだもん。

 だけど、このままでは練習にもレベル上げにもならないのも事実か。


 俺は初心者用短剣を装備してニーナの後ろをよろよろ走るゴブリンへと駆け出す。

 ゴブリンはスタミナ切れしててもなおいつもの攻撃をしてくるようで、棍棒を振り上げた。だが俺が狩っていた動きより遥かに遅い。

 かわすまでもなく首に初心者用短剣を突き刺して、そのまま横に切り裂く。

 首から血を示す赤色のデータが一瞬表示されて、ゴブリンは倒れた。


「凄い……」


 ニーナは地面にへたれ込みながら俺の動きを見て感嘆したように呟く。

 女の子から褒められるなんて初めてで浮かれそうになるが、ちゃんと考えれば全く凄くはない。ここは初心者用エリアで相手は初心者でも倒せるように設定されているレベル1のゴブリンなのだ。

 ゴブリンを倒すだけでこれなのだからニーナは本当に戦闘をした事がないのだろう。


「いやいや、レベル差もあるしスタミナ切れだったから誰でも出来るよ」

「そう、なのかしら?」

「その調子でどうやってグラニア渓谷まで行けたんだ?」

「ほ、ほら……隠れるとモンスターって攻撃してこないじゃない? それで徐々に徐々に霞みの森全部調べた後にこっそり……」

「霞みの森全部調べたのか!?」

「ええ、そうよ? 私の目的のためにエリアの調査は必須だもの。そのくらいは……」

「それなのにあんな動きなのか!?」

「ええそうよ! どんくさくてごめんなさいね!!」


 俺の失礼な驚きに顔を赤くしながら地面をバンバンと叩くニーナ。

 どうやら怒らせてしまったみたいで、ふん! と膝を抱えてそっぽを向いた。


「仕方ないじゃない……子供の頃からずっと運動神経が悪いのよ! リアルからして運動がそもそもい苦手だからこうなってしまうの!」

「いやスキルを使えばリアルで出来ない動きとかも普通に出来るし、普段の動きもどちらかというと思い通りに動くイメージが出来るかどうかだから、リアルは関係無いよ」

「何でわかるの?」

「だって俺このゲームやるまでリアルで動いた事ないから」

「……え?」


 ニーナは驚きながらも胡乱な目でこちらを見てくる。

 俺にとっては当たり前の事だったが、他の人からすれば有り得ないと思うのが普通かもしれない。


「俺、ずっと首より下の体が動かなくて病院暮らしだったんだよ。一度も動いてないやつが流石に運動神経抜群なんて事は無いと思うんだよな。だからリアルでちょっと鈍くさくてもエタブルで動けないかどうかは別のはずだ。

身体能力もリアルと違ってステータスやらスキルやらで補えるわけだからさ」

「……」

「ニーナ? ニーナさん?」


 逃げ回っている時と違って割と真面目にアドバイスをしたつもりだったんだけど、ニーナは固まってしまった。

 もしかしてリアルで何かあったのかな? と一瞬思ったが、その瞳は俺を見つめながら揺れている。ちょっと照れるな。


「その……今は? 大丈夫、なの?」

「ああ、もう治ってるよ。あ、治ってるとはいってもリアルの俺はこのゲームみたいに動けないからな? 今でも週に一回は病院に検査に行ったりリハビリしたりしてるんだから」

「そう……よかった」


 ニーナは安堵したように嘆息する。

 画面の向こうの俺本体の体調を本気で案じているようだった。なんというかむず痒い。


「このゲームの正式サービスもすぐ始めたかったんだけど、検査やらリハビリやらで始めるのも遅れちゃったんだよなあ……ニーナみたいに初期から思い切り楽しみたかった」

「ふふ、それならあなたに隠しエリアがばれる事は無かったでしょうね」

「確かに。じゃあ遅れて結果オーライだったな」

「どうかしら。あなたなら一人でも見つけていそうな気もするけど」


 ニーナは俺を見ながらくすくすと笑う。どうやら先程までの怒りは収まったようだ。

 だがすぐにニーナはばつが悪そうな顔で俺に頭を下げてくる。


「その、ごめんなさい。我が儘を言ってあなたの事情を話させてしまって……」

「え? いやいや、俺が勝手に話しただけだからニーナが謝る事じゃないだろ。それに治った後だから別に言いにくい事でもないから」

「ありがとう……その、危なくなったら助けてくれるって約束は、まだ有効?」

「ずっと有効だっての。今日はずっと付き合うよ」

「そう……ならもう一度頑張ってみるわ」


 そう言って拳を作り、ニーナはもう一度レベル上げをするべくモンスターを探し始めた。

 …………のだが。


「リットくん! リットくん!!」

「いやだから逃げるんじゃなくてさ……」

「だって恐いのは何も変わっていないんだもの! なんでゴブリンってあんなに表情恐いの!?」

「キキーッ!!」


 また始まったゴブリンとの追いかけっこを俺は再び眺める事になった。

 ニーアがようやくモンスターと戦えるようになったのはこの後散々逃げ回った後で、ニーナが動くコツを掴んだのは一時間程経ってからだった。

 それでも、何とかゴブリンを倒してレベル2になった時はによによと口元が緩むくらい嬉しそうで……予定とは全然違う一日になったが、こんな風に他人に付き合う遊び方もいいなと思いながら今日はログアウトする事にした。



―――――


自分で気付いてないけど律人君は結構S。

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