5.舞い上がれ初フレンド申請日

「まずお名前を……」


 ここが隠しエリアだろうと疑問が山ほどあろうとまずは自己紹介だろうという所でタイミング悪く(水泳2)スキルの習得が通知される。

 いきなり2で習得? あんな不格好な犬かきでいいのか?

 水中行動時の酸素ゲージ減少軽減。俺のスキルこんなんばっかだな。


「な、なに? 突然止まって……?」


 俺の言葉が止まったからか、せっかく柔らかくなりかけた視線が元に戻る。

 それにしても警戒されすぎなような気がしなくもないが……。

 さて、どう出たものか。見た所、同い年くらいだろうから自然に話したいな。


「悪い悪い。水泳ってスキルが手に入ったからその通知を見て止まっちゃっただけなんだ。俺はリット……ってそれはPN見ればわかるか」

「私はニーナ……ちょっと待って? 水泳スキルが無いのにどうやってここに来れたの……? ここは川底からじゃないと入れないはずだけど……」


 PNプレイヤーネームは見えているのでわかってはいたが、名乗って貰えると会話の一歩という感じがして妙に嬉しくなる。

 しかし当のニーナは困惑気味だ。よほど俺がここに来たのが不満なのかもしれない。

 俺は改めて周りを見渡す。

 広がる砂浜と静かな水面をした池、そいて中心には小屋のような人工物。何よりエリアというには狭い洞窟のような空間だ。

 ……やはりというかなんというか、川に飛び込んで来れるエリアにしては規則性が無い。

 どう答えたものかと一瞬考えたが、正直に全てを話すのが最善だろう。


「モンスターと戦って攻撃をかわしたと思ったら崖のほうに飛び出していて……落ちた川で暴れてたらここに着いたんだ、本当にそれだけなんだ」

「……」


 改めて自分で説明すると……なんかこう。

 いや、俺がみなまで言わなくてもニーナのわかりやすい呆れ顔が物語っていた。


「……あなた、その、馬鹿なの?」


 自分でも薄々わかってはいたけど他人から言われると実感する。

 少なくとも、ここに来た経緯は間違いなく俺が間抜けだったからなので反論も出来なかった。

 







「さっきは失礼な事言ってごめんなさい。初対面の人に言うような言葉では無かったわ」

「いや、君に言われてようやく確信を持てたからむしろありがとう」

「……? どういたしまして?」


 ニーナと少し話すとどうやら俺が無害だというのは伝わったようで、焚火にあたらせてもらった。体温低下は放っておくとスタミナ効率が悪くなる状態になるらしい。

 ニーナが何をそんなに警戒していたのかは知らないが、今にも攻撃してきそうな雰囲気は今は無い。

 焚火の明かりで照らされるニーナを改めて見るとやはり整った顔立ちだ。これで生体スキャンのキャラだったらリアルでも相当な美人なのは間違いない。

 

「それで、俺の疑いは晴れたって事でいいのか?」

「ええ、あなたが私の知っている人達だったらそんな……えっと……」

「はは、間抜けな経緯でここに来ないって?」

「まぁ、そういう事……」


 それで疑いが晴れたんなら間抜けな落ち方をしてみるもんだな。

 いやただの結果オーライなのはわかってるけども……次からは敵じゃなくて周りも見よう。うん。


「それで、ここは何なんだ?」

「……」

「あ、言いたくないなら言わなくてもいいよ。自分で調べるから」


 聞いてみたものの、ここが隠しエリアなら自分から情報をぺらぺら喋るのは嫌だろうな。

 正直俺がニーナの立場でもこんなおいしい情報は隠しておきたいと思う。

 このゲームは俺の体の一件を除いても隠し要素や謎が多い。その謎を一つ一人占めできている状況はそれだけでテンションが上がるだろうし、進んだ時に何かのクエストのフラグになるかもしれない。もしそうならこの情報の価値はさらに跳ね上がる。

 俺とここで話すのを許しているニーナはむしろ寛大なほうじゃないだろうか。


「……ここは"エリアアリシア"。仮想現実の名に恥じない地続きの世界が広がるこのユークロニアでただ痕跡・・を残す為だけに存在している、いわゆる隠しエリアね」

「おお! やっぱり!!」


 また一歩この世界に踏み込んだような気分になってつい立ち上がってしまう。

 俺の体に起きた事と関係あるかどうかはともかく、少なくともこのゲームを知るという意味では一歩前進だ。

 突然立ち上がった俺に驚いたのかニーナはびくっと肩を震わせた。


「お?」


 このエリアについてレーアに少し教えて貰ったからか先程スキルについての通知があったのと同じように、俺の視界にこのエリアについての情報が表記される。



 ・「とある少女の幸福」

 笑顔絶えぬ子供時代。菜の花が咲く庭。母と暮らした小屋。

 限りある時間がその全てを彩っていたのだと彼女はついに気付けなかった。



 …………意味が分からない。あまりに抽象的過ぎるし、そもそもエリアの説明になっているかも微妙だ。

 それとも情報が少ないからこういう曖昧な情報しか出されないのか?

 ただ何かを示すフレーバーテキストだというのはわかる。

 俺がテキストと睨めっこしながら難しい顔をしていると、おずおずとニーナが視界の中に入ってきた。


「あ、あの……相談があるんだけど、出来ればここの事は……」

「勿論秘密だろ? こんなおいしいネタ一人占めしなくてどうするんだよ?」

「ほっ……話がわかる人でよかったわ」


 ニーナは少し安心した様子で何かを操作する。

 このゲームのシステムウィンドウは自分以外には見えないので、何かを操作しているんだろう。

 すると、俺のほうに初めて見る通知がピョコンと出てくる。

 こ、これは……フレンド申請……!?


「これも何かの縁だし、秘密を共有する相手の動向を見張る意味も込めてフレンドになっておいたほうがいいと思うんだけど、どうかしら?」

「い、いいのか……!?」

「いいも何も私が申請しているんだけど……?」


 俺は自然と天に拳を掲げていた。

 ニーナはそんな俺にまた驚いたのかびくっと体を震わせる。

 ついに……俺はやったんだ。このゲームを初めてついに出来たフレンド。

 いやそれどころか生きてきて初めての友達。そうだ今日を記念日にしよう。

 俺は自分の目から流れる涙に気付かぬままニーナからの申請を許可する。


「これからよろしくニーナ……」

「泣いてる……」

「あ、ほんとだ。涙もちゃんと出るって凄いな」

「あなたはちょっと変だけど悪い人じゃなさそうだし、よろしくね」

「俺は始めたてでまだまだわからない事もあるけど……協力できる事は協力させてもらうよ。これからよろしく」

「私は最初からやっているけど、初心者みたいなものだから気にしないで」 


 ……ん?


「最初から? 一か月前からって事か?」

「え、ええ……そうだけど……?」


 俺が何に違和感を持っているのかわかっているのかニーナは目を逸らす。


「何でまだこんな所にいるんだ? この隠しエリアは知らないが、少なくともここに来る前の渓谷エリアは適正レベル十から二十くらいだぞ……? 初期からやっていたんなら最低でもレベル五十くらいはあるはずじゃ……」

「……」


 俺は急いでニーナにパーティ申請を送った。

 ニーナはすぐさま拒否。

 再送する俺。

 拒否するニーナ。

 俺は目を合わせようとしないニーナに向けて出来る限りの笑顔を浮かべる。


「……ニーナ、ステータス見せてくれないか? このゲーム、パーティになるか自分から開示するかしないとステータスが見れないだろ?」

「うう……」

「お互い秘密を共有しているわけだし、少しは互いの事を知ろうじゃないか」


 ニーナは俺の追及に観念したのか自分のステータス画面を俺に見せてくれた。

 すると、驚くべき数字が俺の目に飛び込んでくる。


「おいレベル1じゃねえか!? 一か月前からって嘘か!?」

「う、嘘じゃないわよ! 本当に一か月前から始めてたんだから! それに、私はこういう場所を見つける事が目的だからレベルなんて知らないし……」

「いやいや、それなら色々なエリアに行くためになおさらレベルは必要だろ!?」

「う……! そ、それは……その……だって……」


 ぐうの音も出なかったのか、ニーナは顔を俯かせて諦めたようにぽつりと呟く。


「だって……死ぬの恐いんだもの……」


 これはフルダイブでゲームがリアルになった影響なのだろうか。

 モンスターに倒されてリスポーンするというのは確かにこのゲームにおける死かもしれない。

 だが……それなら何でこのゲームを続けているのか? 恐いならやめればいいだけの事だ。

 そう言い掛けたが、こうしてログインしている以上ニーナには何かこのゲームで何かやりたい事があるのかもしれない。

 そこまで追求する権利は今の俺には無いような気がした。


「……よし、わかった」


 今の俺にはニーナから問い質す権利も聞き出せるような信頼関係もない。

 けれど、せっかく出来たフレンド相手に何もしないという選択肢は無い。

 ニーナからすればお節介かもしれないが、俺は再びパーティ申請をニーナに送った。


「今から俺と一緒にレベル上げしに行こう」

「え!? ちょ、ちょっと……だから私は……」

「死にたくないならレベル上げたほうが死ににくくなるし、こういう場所を見つけるなら行動範囲を広げるためにもレベルは必要だろ? このゲームはプレイヤーの動きでレベルのハンディは埋められるけど、それでも低いよりは高いほうがいい」

「で、でも私……」

「こういう場所見つける目的があるんだろ? 何でかとかは聞かないよ。俺だって知りたい事があるからこのゲーム始めたみたいなもんだから」


 若干強引かもしれないがレベル上げはニーナの目的と不安の解消どちらにも繋がる。

 ニーナからすれば俺の提案はただのお節介で、フレンドになったからって無遠慮だと思われたかもしれない。

 けれど、初めて出来たフレンド。このゲームを一緒に遊ぶ仲間。

 そんなニーナに俺はお節介をかけずにはいられなかった。

 今の自分なら少しくらいは、誰かを手助けできる。そうしたいと今俺が決めたんだ。

 


「心配するな。危なくなったら俺が絶対に助けるからさ」



 俺がそう言うとニーナは俺を見て少し目を見開く。

 そして少し迷ったような仕草を見せたかと思うと、手元を操作し始めた。


「……よ、よろしく」


 小さな声だったが、それでも確かにニーナは俺の申し出を受け入れてくれたようで。

 ――ニーナがパーティに加入しました。

 表示されたこの通知が俺にはたまらなく嬉しかった。

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