4.流石に花束までは用意できない

「異常無し……と」

「ありがとうございます賀茂先生」


 翌日、俺は検査の為に一月前まで自宅同然だった病院へと訪れた。

 担当だった賀茂先生は勿論、小さい頃から知り合いの看護師さんもいるので未だに病院まで通うという事に慣れない。

 すでに懐かしい清潔さのある検査室で賀茂先生は検査の結果をカルテに万年筆を走らせる。このご時世にこういう所はアナログなんだなぁ。


「医者としては異常無しなわけないだろ、と言いたくなるが……君が完治したのは人としては嬉しいよ」

「ははは……まぁ、ゲームやったら治ったなんてオカルトみたいな話ですからね……」

「今だから言ってしまうけど医学的効果のためにとテスターにねじ込みはしたが、本当に効果があるなんて思いもしていなかったから……それでも本当に治るなら何でもいいさ。本当に良かったよ律人くん」

「ありがとうございます」


 医者としては解せないが、一人の知り合いとしては祝福してくれる。どちらの本音も正直に言ってくれるのがありがたかった。

 そう……少し考えれば俺は今こうして動けているわけがない。多少リハビリと杖の補助があるとはいえ物心ついた時から寝たきりの人間がこうして普通に生活できているなんて俺みたいな無知でもおかしいとわかる。医者の賀茂先生はなおさらだろう。

 そういった疑問を呑み込んで微笑んでくれるのだから、賀茂先生は大人だ。


「病院では検査優先で一回しかやらせてあげられなかったけど、あのゲーム正式に発売されたんだろう? やっぱりやってるのかい?」

「はい、四日前から……母が買ってくれたんです。我が儘かなとも思ったんですけど」

「ははは、可愛い息子が退院してゲームをねだってくれるなんて親からしたら嬉しいもんだ。そのくらいの我が儘言っていいんだよ、君はもう十七歳ではあるがずっとここで我が儘を言えなかったんだ。勿論、言える範囲なら私にだって言っていい」

「あ、じゃあ聞きたい事があるんですが……」


 俺がそこまで言うと、賀茂先生はよし来た! と言わんばかりに万年筆を置いて俺のほうへと向き直る。

 なんでもこいと言いたげな自信満々な表情だ、賀茂先生は確か四十代……長い人生経験に裏付けされたアドバイスを期待してしまう。


「せっかく初めてゲームをやるんで友達を作りたいんですけど……どう作ればいいんでしょう?」

「さて? 私も友達は少ないからなあ……?」


 ……全く参考にならなかった。

 とはいえ相談に乗ろうとしてくれたのは事実なのでがっかりとした表情は表に出さないように踏ん張る。頑張れ俺。


「そ、そうなんだ……なんというか、ごめんね……? 賀茂先生……?」

「おお……こないだまで寝たきりだった子にそんな風に気遣われると心にくるからちょっとやめてくれ……先生泣いちゃうよ……」


 友人の作り方を教えて貰いたかったはずが、どれだけ立派な大人でも得意不得意があるという事を俺は学んだ。

 賀茂先生は少し悩んだかと思うと、何かを思いついたように手をぽんと叩く。


「ああ、でも女性と紳士的にお近づきになる時に使える万能の話し掛け方は知っているよ」


 紳士的にお近づきになるとはどういう意味だろう?

 同性より異性のほうが仲良くなりにくいという意味だろうか?

 俺がそんな風に首を傾げると、賀茂先生は得意気に続けた。


「こんにちはお美しいお嬢さん、と花束を渡しながら自然な笑顔を見せるのさ。これで悪印象は抱かれないとも」


 そう言って賀茂先生は笑顔を見せる。

 確かに賀茂先生はダンディなおじさんという風貌をしているが……。


「何か古……レトロでいいですね」

「気を遣うのがうまいなあ律人君は……」


 いくら俺が世間知らずでも、恐らく今の流行りではないんだろうなとは思った。今2027年だぞ。

 多分俺のような子供には似合わない。それに、その……言うのちょっと恥ずかしくないかこれ?










「次の町はトライグラニア……首都に行く前の初心者卒業の町、か……」


 初心者は最初の町アルティマ周辺でチュートリアルや基本操作を学んだ後はトライグラニアへと進むのがセオリーだ。

 一月前からプレイしていた先駆者達によれば、ここを素通りしてしまうと転職資格やクランへの参加権などが手に入らないらしく、いずれ訪れるであろう首都の門番に色々と根ほり葉ほり聞かれて足止めされるらしい。現実での市民権みたいなものかもしれない。

 ここを素通りしたプレイヤーはこの世界の国や町からするとさながら放浪する山賊扱いとでも言うところか。フルダイブのこのゲームならそういうプレイで生活してみる人もいるから面白そうではある。


「まぁ、流石にな」


 自らに不自由を課してプレイするのを縛りプレイというらしいが、俺にはちょっと合わない。不自由を強いられるのは辛いので大人しくトライグラニアへと向かう事にする。

 俺の目的はこのゲームを遊び倒す事と俺の体を治したこのゲームの謎を探す事。

 どちらも縛ってたら難しくなる可能性は高いし、行ける場所は多いほうがいい。


 トライグラニアへと向かうエリアは峡谷地帯のようだった。

 地図を買ってないからエリア名は表示されていないが、さっき採集した薬草系アイテムの説明に「グラニア渓谷で採れる~」と書いてあったのでグラニア渓谷というエリアだろう。


「綺麗な場所だな……」


 なだからな坂道を進んで渓谷の上まで来ると、遠くに険しい山脈が見えた。谷の下を見れば渓流が流れていて、周りには青々しい木々が立ち並んでいた。

 少し冷えた風が頬を撫でて、渓流の流れる音が絶えずあるのに静けさを感じる。

 本当にゲームかと疑いたくなる風景だが、逆にゲームでないとこんな場所は来れないなと自分で納得した。


「ギキイー!!」

「っと」


 そんな風に風景を眺めていると、甲高い声と共に何かが飛び掛かってくる。

 グラニアエイプと表記されていて、黒々とした体毛をした類人猿のようなモンスターだ。

 その目は血走っていて動物として扱えるような雰囲気は無く、腕は太く手には鋭い爪が見えていて攻撃力が高そうだ。だが俺の装備はアルティマの鍛冶屋で作って貰ったおかげでパワーアップしている。攻撃を食らっても流石に一撃ではないだろう。


「ギキアアアア!!」

「顔狙いか? ゴブリンとスライムを合わせたような攻撃の敵だな」


 もしかしたら初期マップを攻略したプレイヤーに合わせて攻撃モーションが設定されている敵なのだろうか?

 ……いやいや。つい考察してしまったがそんな場合じゃない。

 俺は急いで初心者用短剣を装備しながら飛び掛かってくるグラニアエイプを横に跳んでかわす。


「今度は突進攻撃か、動き早いなあ」


 ゴブリンやスライムと違ってグラニアエイプは動きが機敏だった。

 飛び掛かった後にすぐさま俺に突進してくる。もしかしてエネミーにもスタミナ値がある?

 俺はそんな事をつい考えながらも、さっきと同じようにグラニアエイプの攻撃を横に跳んでかわした。攻撃方法は違っても直線的な事に変わりはない。


「だが昨日、モンスターから馬鹿みたいに襲われた今の俺には楽な相手だ! うお……お?」


 そこでようやく俺は致命的な事に気付く。

 そう……俺はさっきまで遠くの山やら渓流やらを覗いて景色を楽しんでいたため、崖の近くにいたのを忘れていたのである。


「し、しまったああああああああああああああ!!」


 結論、俺の足は地面に着地しなかった。グラニアエイプの攻撃はかわしたが、その勢いで崖から飛び出していたのだ。

 やっぱ俺って馬鹿なのか?

 落下している間、自分の不注意を恨みながら下を見る。下は川だ。なんとか……(落下耐性)って地面以外にも適用されるのかな?


「がぼぼぼぼぼぼ!!」


 ダメージと共に着水。HPは20残ってるが、知らないゲージが出てきた。これどう考えても酸素ゲージだろ!

 俺は必死に犬かきをするが、どっちが水面なのかはわからない。

 川の流れの翻弄されながら俺は一心不乱に進んでいくが……全然水面に出ねえ!

 目を開けても水と呼吸の気泡でどこがどこやら。装備とインベントリの重量のせいかどんどん沈んでいる気配すらある。

 みんな川の近くで遊ぶ時はライフジャケットを着けよう。俺との約束だぞ。

 ソロで遊んでいる今、そんな事を言ったところで誰にも届かない。ほぼやけくそだ。


(ちくしょう! 初のリスポーンがこれかよ!)


 そんな風に犬かきを続けていると、俺の手が何かに触れる。

 あ、これ川底だ。やっぱり沈んでたのかと諦めかけていると、途端に酸素ゲージが消えた。


「……あれ?」


 渾身の犬かきも今は水ではなく空気をかいている。

 何が起きた? 急に水面に出たのか?

 俺は起き上がって周りを確認すると、そこは川でもさっきの渓谷エリアでもない。

 風も無い。音も無い。

 俺は砂浜のような場所にいて、視線の先には波紋すら無い池とその中心には小さな小屋のような人工物が建っている。


 ……意味が分からない。

 さっきの渓谷エリアと繋がりがあるようには思えない空間に何故かいる。


「バグか……? いや、おかげで助かったけど……」


 システムを開いても普通に起動する。

 いざとなればログアウトも出来そうなので最悪再起動すればいいだろう。

 ここは一体?


「だ、誰!?」


 困惑していると静けさを裂くような声が響いた。

 よかった、俺以外にもプレイヤーがいた!

 声がしたほうを見ると、アルティマで買える装備一式を着けた女性プレイヤーが立っていた。

 黒い長髪と頭装備で少し隠れてはいるがそれでもわかる整った顔立ち、瞳は睨んでいても輝いているようで唇は花弁を思わせる。

 俺がそのプレイヤーの容姿に見惚れて黙っていると、女の子はさらに警戒を強めた。


「どうやって、ここに……!? まさか電脳神秘師ニューゲート……!」


 何だそれ? いや待てよ? もしかして隠し職業ジョブか!?

 という事は……ここは隠しジョブに転生するためのフラグを立てるエリアなのかもしれない。

 それならいきなりここに投げ出されたのも納得できる。隠しジョブなんだから転生するためのクエストや場所も隠されていて当然だろう。

 なんだ焦ったぁ……。だが幸運だ。俺は偶然にも条件を満たしたらしい。

 なんだろう、川底にタッチして死にかけたらとかが条件だったのかな。


「な、何一人で安心しているの……? 何か言いなさいよ……!」


 俺が一人で勝手に安堵しているのが気に障ったのか女性は苛立っているようだった。

 どうしよう。そうだ、独占しているエリアに変なプレイヤーが入ってきたらそりゃむかつくよな。

 えっと……何て言えばいいんだろう。というか言って聞いてくれるのかな。

 ど、どうすりゃいいんだ。無視する、のは駄目だ。次は頑張るって昨日決めたばかりだろう。

 積極的に! 強い自分になるって決めたばかりだ!

 そう……こうなったら!!


「こんにちは美しいお嬢さん」

「え? へ? あ、えと……えええ!?」


 俺がそう言って微笑むと、女の子の刺々しい態度が急に柔らかくなった。

 賀茂先生のアドバイスすげえ。次会ったら古いって言ってごめんって謝ろう。

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