2.笑い声は森中に
「ゴブリンと」
の首を斬って倒す。有名な人型モンスターらしく、みんな知っていた。
このゴブリンは必ず持っているこん棒を振りかぶってくる。最初は怖かったもんだが、動きが単調ならカウンターは簡単だ。フルダイブでの操作や戦闘を学ぶ敵として最適と言えるだろう。流石は初期エリアというわけだ。
「スライムか」
の核を一突き。これもまた有名だがエタブルのはちょっと恐いらしい。
というのも、このスライムは必ず頭に飛び掛かってくる。視界外から不意打ちされた時はびびって悲鳴を上げてしまったのは記憶に新しいが、恐ろしいのは不意打ちだけではない。頭に飛びついて頭装備を溶かしてくるのだ。
頭装備の耐久値がどんどん削られていくので、アイテムや資金が少ない最初のエリアとしてはかなりいやらしいが、コツを掴めば一撃だ。いわゆる目の辺りに核があるのでそれを突けばいい。飛びつかれると視界が真っ青になって本当に恐いから要注意だ。
つい最近まで病院暮らしで体格が貧相な自分がこんな風に飛び掛かってくるモンスターに対してきっちり動けるのはやはりゲームだからと言えるだろう。
動かしてみてわかったが、どうやらフルダイブ型のゲームにリアルの運動神経とやらは必要無いと断言できる。必要だったら俺が出来ているわけがないからだ。
どちらかというと動かすイメージのほうが大事みたいなので特有のコツがいるのかもしれない。
そして……テスターとして初めてプレイした時以来、不思議な出来事は起きていなかった。
「やっぱりあれは偶然なのか……? いや、ログインする度に不思議出来事が起こるのはそれでそれで困るんだろうけど」
退院した後、エタブルについて一通り調べてみたがゲームとしての評判や批評、レビューなどは出てきても俺のように原因不明の病気が治ったなどという話は出てこなかった。体調が良くなっただのログアウトする時に酔っただの話はあったけど、その程度だ。
俺がこのゲームを絶対にやると思ったきっかけは間違いなくあの日の出来事。
このゲームには何かある、と人生経験が他の同年代より乏しい俺の勘は囁いている。
まぁ、初めてゲームをやれるってだけでも楽しいから別に何も無くてもがっかりはしないが。
「ウゴオ……」
「お、トレント」
ゴブリンやスライムを返り討ちにしながら森を進んでいると、木々の中に隠れていた植物型のモンスターであるトレントを発見。
町で聞いた話によるとこのエリアのレアエネミーらしく、こいつの素材を使う防具は魔法耐性が高く、序盤ではかなり有用のようだ。
「正直本当にレアエネミーなのかわからんけど……ゴブリンとかホーンラビットに比べたら少ないから一応あってるのかね」
出現率が低くて集められない、という愚痴を聞いたけど、レアエネミーな事に加えて森の木に擬態しているので見つけにくいだけだと思う。実際俺はこれで遭遇するのは六体目だ。
見分けるコツは擬態しているトレントに近付くとさっきみたいな声がする。探したいなら森の木に近付くように歩いていればそれなりに見つかるもんだ。
何で見分け方がわかったかって? そりゃここ最近、木登りしやすそうな木探してたからね……。
「町に帰る前に頂いておくか」
俺は初心者用短剣を装備することなくトレントに突っ込む。
トレントはホーンラビットやゴブリンのような攻撃してくるアクティブモンスターではないので待ちの戦法は使えない。
なにせ擬態して隠れているモンスターなのでわざわざ自分から見つかるようなアクションはしてこない。出現率を愚痴られているだけはある。
「ウゴオオオ!」
「右か!」
トレントは擬態を解除してその太い枝を突進してくる俺向かって叩きつけてくる。
ゴブリンのこん棒攻撃と違ってどの枝が最初に攻撃してくる、なんて規則性も無い上に攻撃速度は他の比ではない。もし当たったらそこはレアエネミーらしく、初心者のレベルでは致命的なダメージを受ける。一匹目と戦った時に一撃で半分持っていかれた俺の体験談なので参考にして欲しい。
だが叩きつけの速度は速くとも本体そのものの動きはのろい。そして攻撃をかわして接近できれば攻略法は簡単だ。
「相手が悪かったなあ! おい!!」
そう……このエリアで木登りしまくっていた俺にはな!!
「ははは! はははははははー!!」
攻撃をかわした俺はすぐさまトレントに組み付き、そのままよじ登る。
(登攀)スキルをレベル上げするために繰り返したもはや熟練といってもいい動き、そしてスキルによって軽減されたスタミナであっという間にトレントの頭上? 木の上? をとる。
そして勝利を確信した高笑いをしながら武器を装備した。
「リアルさが仇になったなあ! 自分で自分を攻撃したらダメージを受ける仕様なのはもう確認済みだ!! お前らエネミーキャラも例外なくなあ!」
俺は振り落そうとするトレントの枝に片手で捕まりながらトレントを攻撃し続ける。
不安定な木の上にいる以上、|常時発動(パッシブ)である(登攀)スキルは発動したまま。つまり掴んでいる今もスタミナに補正はかかったままだ、俺を振り落すには後五十回は踊らないとな!
「ふふ……! ははは! はーはっはっはー!!」
トレントが体を揺らしている間、俺はひたすら攻撃攻撃攻撃!
事実上の無敵モードだ。後はトレントのライフが尽きるまで切り刻んでやればいい。
エタブルはフィールドエリアでのセーブができないので回復は必須……だが少なくともこのエリアはプレイヤースキルや攻略法でどうとでもなる事がわかってる。
「ほら終わり!」
「ウ!? ゴ……オオ……」
数十回斬り付けてやると断末魔を残してトレントは倒れた。
すると木の上にいる俺はどうなるかというと、そう勿論落下する。
「よし、楽勝だったな」
さっき崖からダイブした俺がトレントの高さから落下した所でびびるはずもない。
綺麗に着地して少々の落下ダメージを受けながら俺は倒れたトレントからドロップアイテムを漁った。
「流石にインベントリに余裕は無くてもレアエネミーだから漁らせて貰いますよっと……お! あるある「霞みの森の霊木」!」
俺が拾うのは二本目となるレアドロップ「霞みの森の霊木」をインベントリにしまう。さっき言った有用な防具とやらはこの素材を使うらしい。二本でいけるのか?
「ずっと初心者用の武器と防具だったからなぁ。そろそろ新しい装備をねっと」
いっぱいになったインベントリに確かな重さを感じながら俺はその場を後にする。
……重量だけではなく空腹感も襲ってきた。もちろんゲーム内のだ。
ゲーム内では視覚や聴覚だけでなくこうして空腹感までお再現される。ステータスには表示されないが、突然ライフとスタミナが自動で減り始めた時は本当に焦った。
「まずい! 早く町に行かないと! せめて森を抜けないとエネミーに袋叩きにされる!」
ライフはまだ何とかなるにしても流石にスタミナが切れたら攻略法などは流石に関係無くなってしまう。
全てのポーションを使い切っている今の俺には誤魔化す手段も無いので、すぐさま町に向かって駆け出す。
だがこのエリアのゴブリンやスライムといったモンスター達をそんな俺にも関係無く襲い掛かってきた。しかも何故かさっきまでと数が違う。
「な、なんかさっきまでより多くないか!? くそ、こんな時に運が無いな!」
やたらモンスターが集まってきた原因が、さっきトレントの上で馬鹿笑いしていたからだと気付いたのは町に帰ってからだった。
―――――
大きな音を立てるとモンスターの注目を集めてしまうので気を付けましょう。
とチュートリアルにもちゃんと書いてあります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます