1.墓場にダイブ? ダイブで墓場?

 ――【エタニティ・ブループリント】。

 通称エタブルは二週間のクローズドベータテストの半年後に正式に発売された。

 初のフルダイブ技術を用いたゲームという事もありテスターから聞こえる声は好評の嵐、テスターに混ざっていた動画サイトの有名配信者などの声もあって話題に。

 懸念されていた健康影響についても問題無く、むしろ体の調子が良くなったという眉唾な報告が上がってくるなど、非の打ち所がないゲームとして瞬く間に広まった。


 プレイヤー達は五度の天災によって一度文明が崩壊した世界ユークロニアの人間として自由に生きていく、というものだ。

 メインである世界の謎に挑むもよし、穏やかな土地でスローライフを送るもよし。希少アイテムを販売する行商人めいた遊び方ロールは勿論、変わった所では富豪NPCの家に仕えて庭師になるなんて事も出来る。

 何にチャレンジしてもそれに応じたスキルが手に入るのもあって、その自由度は異常なまでに高く……フルダイブという新技術もあって普段ゲームをやらない層までを獲得したゲームとなった。


 そんな話題のゲームのテスターだった俺は勿論、製品版を購入して……。



「ははははは! はーはっはっはっは!! 」



 今はせっせと崖の上から飛び降りている。



「はぐらばぁ!?」


 体の中が浮くような不思議な感覚を味わった後、容赦なく襲い掛かってくる地面に叩きつけられて走る激痛。危険を主張する残りHP2の表記はあまりに弱弱しい。

 言葉にならない悲鳴を上げて……俺は震える手でアイテムインベントリからHPポーションを数個取り出して飲む。


「ふう、死ぬとこだった……崖の上からは流石に高すぎたか……。飛んでる間はちょっと楽しいけど、落ちた時がえげつないな……」


 誤解無きよう言っておくが、決してマゾヒズムに目覚めたわけではない。

 エタブルはスキルが実績解放性であり、何か行動したりチャレンジしたりするとそれに応じてスキルが手に入る。

 テスターの時に木登りをした事を思い出して木を登った所、(登攀1)のスキルを習得する事が出来た。その後誤って落ちたら(落下耐性)を獲得した。

 ……1もあるなら2もあるだろうと思うだろう?

 だからひたすらに木を登り、落ちるのを繰り返し……(落下耐性)だけ一向に上がらなかったので最終的に一番高い崖から落ちたというわけだ。


「(登攀)は4に育ったけど(落下耐性)は育たなかったな。高さが足りないのかもと思ったけど、そんな事は無いみたいだ」


 今落ちてきた崖を見上げるとやはり中々の高さだ。俺がいた病院よりも遥かに高い。……いや本当に高いな。あそこからダイブするとか馬鹿か?

 (登攀)は木や崖を登る時に消費するスタミナの軽減、(落下耐性)は落下ダメージの軽減。

 戦闘に使えるかどうかはともかく、常時発動パッシブなので習得しておいて損の無いスキルだ。(登攀)に至ってはレベルも上がっているので今や俺の木登りは達人級と言えよう。

 いつかはリアルでも披露……と思ったが、リアルではひょろがりのまんまだった事を思い出す。そもそも誰に披露するんだ木登り。大人しくゲームだけにしておこう。


「うーん……これ以上高くするとスキルとかの前にデスするし、痛覚オフもオンも試しても特に変化はなしか。(落下耐性)にはレベルが無いって考えるのが妥当かな。今のでポーションも使い切っちまったからこれ以上はやめておくか」


 エタブルが発売されてから早一か月、俺は退院やらリハビリやらでリアルを忙しく過ごした後、世間よりほんの少し出遅れてプレイし始めた。

 原因不明の病気が突然治ったのもあって慌ただしく、あれ以上テスターとしてプレイする事は出来なかった為、ほとんど初心者と変わらない。

 今までゲームをやった事が無かったのでセオリーなどもわからず、ただただ自分で思い付いた事や気になる事をひたすら試し続けている。


「(登攀4)に(落下耐性)、(ガーデニング2)に(値切り)、(鍛冶屋の友人)……我ながら凄いな、戦闘に使えそうなスキルがほとんどない」


 スキル画面を開き、表示される自分のスキルを見て頷く。

 もしかしたらゲームに慣れてる人の醍醐味は冒険! 戦闘! なのかもしれないが、俺にとってはどれも新鮮でやたらめったらに首を突っ込んでいるせいか全く統一性の無いスキルが集まってしまった。

 一つ言えるとしたら町で受けたガーデニングのクエストは結構楽しかった。芽が出るとゲームでも嬉しいもんだ。役に立つ雰囲気は無い。多分スキル習得のチュートリアルだろうなあれ。


「キキッ!」

「ん?」


 スキル一覧を閉じると、腰くらいの高さで頭に角を持つ兎型モンスターが向かってくるのが見えた。俺は装備している初心者の短剣を抜きながら、その突進をかわす。

 ここはフィールドエリアなので普通にこうして敵モンスターがポップするのだ。町で飛び降りるなんてやったら騒ぎになるので当たり前なのだが。


「またホーンラビットか」


 俺はモンスターの名前を確認すると初心者用短剣を装備しながら近くの木を背にする。ホーンラビットはこのエリアに何度も出てくるので対処法はわかってる。


「キキッ!!」

「よっと」


 再びこちらに向かってきたホーンラビットの突進を引き付けて、寸前でかわす。すると突進の勢いのままホーンラビットの角は俺の後ろに会った木に突き刺さって動けなくなった。

 刺さった角を抜こうともふもふと動いている様子は可愛らしいが、モンスターなので容赦はしない。


「さいなら」

「ギキュア!?」


 このゲームはフルダイブ技術を駆使したゲームだからかリアリティ重視。

 なので、このようにして首を斬り落とせばHPがあっても死亡判定となる。

 最初はそれに気付かず、律儀にHPを削っていたが慣れるとこっちのほうが断然効率がいいのだ。

 ホーンラビットの首を斬ると血を模した赤色のデータが飛び散り、ホーンラビットは動かなくなった。ホーンラビットはこの倒し方が一番楽である。

 倒したモンスターを指定するとドロップアイテムを漁れるのだが……。


「インベントリに余裕も無いからこれも放置だなあ。初回特典のポーションも無くなったし……そろそろ町に戻ってみるかね」


 周りにはうんざりするほど襲われた三十体近いホーンラビットの死体。ドロップアイテムを漁っていないので残り続けている。規定時間になったら消えるという話を聞いていたので気にせず放置していたらこんなに溜まってしまった。

 登って落ちるを繰り返すと当然何度も落ちる音や悲鳴が周りに響くわけで……スキルのレベル上げをしている間その音でモンスターを呼びよせてしまっていたのだ。

 

「もったいないけどおさらば!」


 俺はスキル特訓用の崖兼モンスターの墓場を後にする。

 次は何をやってみようか、とその足取りはスキップしたくなるほど軽かった。

 ……まぁ、スキップできないけど。



―――――


スキップというスキルは無いので自力で出来るようになろう。

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