プロローグ・真

 俺がゲームの中で体を動かせた事に感動している間にプロローグが流れていたようだった。しかし当の俺はそれどころではない。

 ごめん開発の人……テスターなのに全く見てなかったよ。後で読むから今は許して欲しい。


「うっひょおおおおおおおおおおお!」


 走る。走る。ひたすらに走る。

 恐らくはここから見える町に向かうのがVR世界での動き方の練習も兼ねたチュートリアルなのだが、俺はただただ草原を走っていた。

 俺の元の体は寝たきりのせいかヒョロガリで動いてもすぐに走れるような体ではないはずだが、生体スキャンといっても完全に元の肉体をキャラに反映させるのではなく最低限のスペックは確保されているらしい。

 スタミナというステータスがあるおかげで、俺はスタミナゲージがオーバーするまで走り続けた。


「ぜえ……! ぜえ……!」


 すると俺は息切れをして急に走るスピードが落ちて体が重くなる。

 これが息切れってやつか。苦しい……苦しい……ふへへ、苦しいなぁ!


「くくく……はははははは! ごほっごほっ! げほっ! うおえ!」


 限界の限界まで走り続けて息切れし、その場に倒れ込む。あまりに嬉しさに耐え切れずに笑ってしまったからか咳き込むのが止まらない。

 肺の空気を根こそぎ吐いてしまいそうなこの感覚すら愛おしい。

 

「はぁ……はぁ……。走るって苦しいんだな……! お、スタミナゲージが回復すると苦しいのも戻るぞ……ん? 痛覚設定の確認?」


 寝転んで空を仰ぐ俺の顔の前に突如現れるウィンドウ。どうやらチュートリアルらしくこういうシステムサポートみたいな画面が出てくるらしい。

 痛覚設定の確認はダメージが受けると出てくるみたいだけど俺のHPはフル……

 ああ、今咳き込んだからか? ダメージだけじゃなくてプレイヤーが苦しいって思っても出てくるのか。ずいぶんと融通が利くチュートリアルだな。


「痛覚オフなんてそんなもったいないことするわけないだろ、何言ってるんだ……オンのままに決まってる」


 けど今の俺にとってはただのお節介だ。

 俺にとって走って息が苦しくなる、なんてのは知識の中だけの事だった。それを……そんな普通を味わえてるんだぞ?

 こんなに最高なもんを誰がオフにするんだよ!


 俺はもう一回草原を走り始めた。

 膝まである草原の草に足を絡めとられそうになりながら不格好に、スタミナを思いっきり消費して、消費しきってもさらに走った。今度は限界の限界まで走ってやろう。


「うおえ! げほげほ! あっはっはっは! あっはっは!! げほげほっ! おうえ……!」


 結果、スタミナを限界まで消費して転ぶように寝転んだ。吐きそうだけど本当に吐いたりはしない。流石に吐瀉物はゲームに出てこないか。

 現実の俺がこんなに走れるわけないから、改めてここはゲームの中だと実感する。

 どうやらスタミナゲージは振り切ってもしばらく走り続けられるが、そのまま走り続けると苦しくなっていくようだ。つまりはペナルティのようなもの。

 普通に歩く分にはスタミナは消費しないから走ったり、後は戦闘時に消費したりするのかな?


「お、池もある」


 草原を走り回っている内に見つけた池に近寄って揺れる水面を覗き込む。

 水面にはしっかりと楽しそうな俺の顔が映っていた。こうしてしっかり映るのは最新型としては当たり前なのかもしれないが、俺にとっては新鮮だ。


「うーん、イケメンではなさそうだけど……ちゃんと笑えてるじゃないか」


 自分の顔を見たのはいつぶりだろうか。

 いや、見るのを避けていたんだろう。自分の顔が人生に絶望していたら、病院で生かされている事すら拒絶してしまいそうで。

 けれど水面に映った俺はしっかりと楽しくてたまらないという顔で笑っている。

 

「お! 木がある! って事は木登りだな!」


 俺の顔の事は置いておいて、スタミナが完全に回復すると俺は木に飛びついた。

 予想通りスタミナゲージを消費してよじ登れるようだ。そんなに高くないのもあってスタミナを消費し切る前に登ることができた。


「そういえば敵がいないな……チュートリアル用の敵とかいないのかな?」


 木の上から草原を見回しても敵らしきキャラはいない。

 ……そういえば、ここで結構走り回ってるけど他のプレイヤーも見ないな。

 当たり前だけど他のプレイヤーもいるはずなんだが、他の人はまだ遊んでないんだろうか。

 俺はチュートリアルミッションのウィンドウを開いてみる。草原でかれこれ何十分も走り回っているのを見られたかもしれないと思うと少し恥ずかしくなってきた。


「あ、町に行くまでは各自チュートリアル専用フィールドで一人なのか……フルダイブ型ゲームの動かし方に慣れながら町に行けって事ね」


 よかった、ここでの俺を見た他プレイヤーに"妖怪草原嘔吐"みたいなあだ名は付けられないですみそうだ。

 いや吐いてないけどね? 吐瀉物が実装されていない事に感謝。


「ん?」


 俺が草原を眺めているとアラームの音が響く。

 何だろう? 敵が来た時に警告音でも鳴るのかな?

 そんな悠長な事を考えていると、俺の目の前にタイムリミットを知らせるウェインドウが強制的に開かれた。


「うおお!? もう終わり!? ほとんど走ってただけなのに!?」


 どうやら時間を忘れて没頭しないよう、あらかじめ設定された時間が近付くとアラームが鳴る機能が組み込まれているようだった。賀茂先生が一時間と言っていたから、事前に一時間後に設定してたんだろう。

 せっかく最新のフルダイブ型ゲームをやったというのに俺がやった事と言えばキャラメイクに全力疾走、そして木登り……終了。あまりに最新とは程遠い。


「くそう……キャラメイクもプロローグもほぼスキップしたっていうのに全然ゲームらしい事してねえ……! はしゃぎすぎた……んお!?」


 俺が落胆していると、足場にしていた枝が音を立てて折れる。

 初めて味わう体がふわっとする感覚に驚いてただ手足をばたつかせる事しかできなかった。


「はぐあ!?」


 俺はそのまま落下して、地面に叩きつけられた。

 表記されたHPが1だけ減る。どうやら落下ダメージはしっかりとあるらしい。

 そんな痛みさえ嬉しくて、俺はそのまま寝転がっていた。


「はははは! いってー! そりゃ痛いか! 落ちてるもんな!? くく……はは……あははははは!! はー……もっとやっていたいけど仕方ない、次の機会を楽しみにしよう……」


 そのまま俺はメニュー画面を開いてログアウトの欄を押す。

 落下のダメージに笑いながら俺の意識はゲームの中から現実へと戻っていった。

 ……出来れば、もっと思い切りこのゲームが出来るといいな。



「あー、楽しかったー! 賀茂先生ありがとうございます!」

「…………」


 ゲームからログアウトしてヘッドギアを外す。いつもの部屋だ。

 香っていた草原の光景も土の匂いもここにはなく、清潔な白い部屋と漂うのは薬品の匂い。現実に戻ってきた。

 ゲームの世界から戻ってきた俺はまず先生にお礼を言う。

 まだ興奮が冷め止まない。俺は本当に動いていた。走って、木を登って、ゲームをするのにそれだけかよと笑われるかもしれないが、俺にとってはまずそれでよかったんだと思う。

 たとえゲームの中だとしても、俺はこの一時間、確かに生かされているのではなく生きていた。こんな体験をさせてくれた先生には感謝してもしきれない。

 だがそんな俺の感謝を他所に、先生の表情は驚愕に染まっていた。まさかお礼も言わない無礼な患者だと思われていたのか?


「賀茂先生? どう、したんです?」

「り、つと……くん……」


 賀茂先生の声は震えている。

 ゲームを終わらせただけなのに何をそんなに驚いているんだろう?

 俺はログアウトしてヘッドギアを外しただけなのに。

 …………ヘッドギアを、外した?



「……は?」



 ようやく俺は気付いた。自分がいつもとは違う視点の高さになっている事に。

 掛け布団はめくれていて、足はふんわりとしたシーツの記事を感じている。

 何が起きたのか? そう、俺は自分の力で起き上がっていた。

 物心ついた時から動かせなかった首の下は、まるで動くのが当たり前であるかのように俺の意思に従っている。

 ふと枕の横を見ると、無意識に自分で外して置いたヘッドギアを見つける。


「は……はは……は?」


 気付けば、俺はゲームの中でやったように自分で自分を抱きしめた。

 ゲームの中のような力強さは無く、両腕は今にも折れそうなくらい弱弱しい。

 不思議な事に今度は涙は出なかった。


 ――ようこそ仮想"現実"へ


 音声ガイドの声を思い出しながら、自分が今潜っていたゲームのタイトルを見る。

 【エタニティ・ブループリント】。

 俺は高鳴る興奮を胸の中に感じながら、水面を覗く必要もないくらいわかりやすく笑っていた。




―――――



 初めましてまたは久しぶりです読者の皆様。らむなべと申します。

 お手数ですがテスターでない方は正式サービス開始つぎのこうしんまでお待ちください。

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