エタニティ・ブループリント -初めて歩いたのは現実ではなく仮想現実でした-

らむなべ

プロローグ

「すまんな律人りつとくん……無力な我々に出来る事はこれくらいしかないが、是非楽しんでくれ」

「何言ってるんですか賀茂かも先生……こんなの初めてだからむしろ感謝しかないですよ」


 俺こと東雲律人しののめりつとは日本初のフルダイブ型VRMMORPGのテストプレイヤーの一人に選ばれた。

 何故そんなめでたい出来事の中、俺の傍らに立つおじさんが思い詰めたかのような顔をしているのかというと、ここは病院でおじさんは医者、そして俺は万年病院暮らしの患者だからだ。

 清潔で真っ白なシーツに部屋、微かに香る薬品の匂いに聞き慣れた電子音、窓から見えるのは眺め飽きた絵画のような同じ景色。

 俺は物心ついた時から原因不明の病で首から下の感覚が無く、両手両足も動かない。原因不明の病という事というものあってこうしてずっと病院にいる。


 そんな俺がテストプレイヤーとして選ばれたのは完全な特別枠だった。

 仮想没入フルダイブ型VRMMORPGとは仮想世界に入り込み、あたかもその世界で実在するかのようにプレイできるゲームの事だ。

 初のフルダイブ型という事で医学的効果の可能性も予想されていて俺みたいな患者が選ばれた。

 あれだ。人工視覚みたいに電気刺激で視覚を補助できるような事例があるなら、他の感覚も同じように出来るんじゃないかという事らしい。

 詳しい事はわからないが、あまりにやることの無い病院暮らしにこうした刺激が来てくれるのは心の底から嬉しいもんだ。

 しかも、こんな体でほとんどのゲームすらやれなかった俺でも出来るゲームとくれば楽しみで仕方がない。


「私も中々偉いからね、色々と手を回して君をテスターにねじ込んだよ」

「はは、お医者さんなのにずるっぽい事したんだ?」

「ずるなんかしてないさ。医学的効果についてのデータをとるなら君以上に相応しいテスターはいないと直談判し、最後にちょろっとお金の話をしただけさ」

「うっわぁ……本当にずるしてるよこのおじさん……」

「金の話はジョークだよ。開発会社としても入院中の患者に提供するというのは外聞がいいからウィンウィンというやつさ」


 賀茂先生と話している間、すぐそばでは業者の人らしき人達がパソコンやケーブルのセッティングをしてくれている。

 ……ゲーム用のヘッドギアディスプレイなんて初めて見たなぁ。

 なんというか、こんな風に病室が落ち着かないのは初めてでこれだけでも得した気分だ。そう思えてしまうくらいここは刺激が少ない。

 時間を潰せるものといえば、ベッドから見えるモニターに垂れ流されるニュースやテレビ番組くらいなものだったからゲームなんてご褒美中のご褒美なのだ。体が動けばうずうずと忙しなかったに違いない。


「ありがとう先生」

「気にする事は無いよ。君がここに来てからもう十数年……力になりたいと思うのは当然の事だ」

「ははは……」


 ……俺は十七年生きてきて何かを自分で決めたという経験が無い。

 何もできず、何かをしてももらうだけ。

 生きているんじゃなくて、生かされている。

 ここにいるのも、こうしてゲームをするもしないも、生きる事さえ他人頼り……俺は他の人達と違って生きているのではなく生かされている・・・・・・・

 厄介な病気になってしまったのは誰のせいでもないし仕方ないし、この世が不平等だってのはこんな体になって嫌というほど知る事も出来た。

 ――神様は人間を救わない。

 だから、こんな状態の俺を生かしてくれる家族やこの病院にいる医者や看護師の人達のありがたみもわかっているつもりだ。

 けれど……他にはわからない事だらけだ。

 努力する事も怠ける事も選択肢にできないから、決める決めない以前の話。

 どんな気分なんだろうか。どんな気持ちなんだろうか。

 何も出来ない現実から離れ、ゲームという仮想の中でなら少しは実感できるのだろうか?


「さあ、準備が出来たみたいだ。ダウンロードはあらかじめされているらしいからすぐ出来るぞ」


 ゲームのセットが終わったのか業者の人達が頭を下げてそそくさと病室を出ていく。

 賀茂先生はパソコンをいじったかと思うと、ゲーム用のヘッドギアに光の線が走った。これくらいの年代の人はパソコンが苦手って話を聞いた事があるが、賀茂先生はそんな事は無いようで手慣れた様子で準備をしてくれる。

 賀茂先生はヘッドギアを起動させると、すぐに俺のほうへと持ってきてくれた。


「これを被れば、後は君が操作する形になる。気分が悪くなるようならすぐに外すから安心したまえ」

「わかりました」

「君の楽しみを制限するようで悪いが、プレイ時間もこちらで決めさせてもらう。一先ずは一時間だ。一応テスターとしてねじ込んだ手前、データをとれる最低限の時間はプレイしないといけないからね。

無論、体調に何の問題も無く、君がもっとやりたいと思うならプレイ時間を増やそう」

「はい」


 俺が返事すると賀茂先生は俺の頭にヘッドギアを着けてくれる。

 思ったよりも重くない。寝たきりの俺がこう思うという事はむしろ軽いんじゃないだろうか。


「いっておいで」

「いってきます」


 胸を高鳴らせながら、俺はゲームの世界へと。

 ああ――ゲームの中でくらい自分の道を決められるようになりたい。

 そんな願望を抱きながら俺はヘッドギアの中で目を開けた。





「えっと……キャラは自分で作るもよし、生体スキャンで自分そっくりのキャラを素体にするのもよし……」


 目を開けて広がっていたのは真っ白な空間だった。俺の住んでる病室みたいだ。

 すぐにゲームの世界へ! というわけではなく……まずはキャラクターメイクというのをしなければいけないらしく、俺は空中に浮かぶウィンドウの説明を読んでいる。

 作ったキャラの権利はプレイヤーのものになるなどの権利関係、キャラを作る際や生体スキャンをしていないキャラを動かす時の注意点などなど……すぐにゲームをやりたい俺にとってはどうでもいい説明が長々と書かれている。

 説明を飛ばしてキャラメイクまで飛ぶと、長々と書かれた説明文よりも多い整列するアイコンが俺を出迎えた。

 全てがキャラの見た目の変更要素……こんなもの全て試していたらキャラメイクだけで俺の制限時間はパーだ。


「面倒だから生体スキャンだな」


 もしかしたら俺のやり方はゲームが好きな人ならば自分でキャラを作る醍醐味が、と口を出したくなるかもしれないが……俺はそもそもこんな風にゲームをやる事自体が初めてなのでとにかく早くやりたいのだ。

 許してくれ先人達、何せ俺は今日一時間しかプレイできない。こだわるのはゲームに愛着が湧いてからでも遅くないと思わないか。


 キャラクターメイクの次は職業ジョブらしいが、これは後からでも決められるらしいのでスキップ。

 始めたばかりのキャラは全て《ニュービー》という職業が用意されるらしく、全ての武器が使える器用貧乏なお試し用職業だ。この画面で決めなくてもゲーム内で武器やスキルの好みを見つけてから選択できるらしい。俺は色々試したいからむしろ時間があってもスキップだ。


「プレイヤーネーム……悩む時間ももったいないぞ。安直だけどリットで」


 律人りつとだからリット……安直すぎるがそれでいい。

 プレイヤーネームを決めると、テスター宛の装備のプレゼント画面が出てきた。

 ……受け取らなかったら裸で放り出されるんだろうか?

 好奇心で装備画面を見てみたが、ちゃんと別に初期装備があった。そりゃそうか。


「よし、これでいいな……世界観とかはゲームが始まってから見れるのかな」


 自分の体を素体にしたキャラクターが完成し、名前も表示される。

 プレゼント用も受け取ったし準備完了だ。


「えっと、音声認証でログインだったな……おお、手話とか文字入力でもいけるのか。配慮が行き届いてるね」


 俺は胸を高鳴らせながらゲームスタートのキーワードを口にする。


「ログイン。プレイヤー『リット』」

 

 キーワードとプレイヤーネームを読み込んで俺の意識や感覚はゲームの中へと。

 ――ようこそ、仮想現実へ。

 耳に届いたガイド音声らしき声が、プレイヤーに歓迎を言祝ことほいでいた。








「うおおおおおおおおおおお!?」








 あまりに、あまりに現実に近い仮想の世界。

 青い空に白い雲、広がる草原は雄大で遠くに見える町には活気すら感じ取れる。

 景色だけではなく、肌を撫でる穏やかな風や鼻腔をくすぐる花の香りがここを現実だと認識させていた。

 ゲームとは思えないあまりのリアルさに感動を覚える人はいるだろう。

 けれど、俺はそれよりも。


「あ……ぁあ……!」


 ふるふると動く両手の感触、足は風で揺れる草にくすぐられてこそばゆく、確かに感じる高鳴った鼓動。

 日本離れした雄大な景色よりも、俺には自分の体が自由に動き、何かに触れる感触を味わえた事のほうが信じられなかった。

 こんな風に手は動いて、こんな風に足は支えて、こんな風に俺は生きているんだ。

 たとえここがゲームの中だとしても、物心ついた時から得る事の出来ていなかったその実感に俺の涙腺は耐えられなかった。


「うごく……! うごくよ……!」


 ただただ嬉しくて俺は泣きながら自分の体を抱きしめる事しか出来ない。

 せっかく走り回るのに丁度いい草原が周りに広がってたっていうのに、あまりに嬉しすぎて動く事ができなかったんだ。

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