回想 -戦場漁りになった日-

 いつからか、大人の目を見るとどう思っているか何となくわかるようになった。

 お母さんの目は優しくて、温かくて、幸せな気持ちになれる。

 それが愛されているという事だと知るのは少し後だったけど……お母さんと目が合うだけで嬉しかった。


 町でお母さんが貴族の女の子を庇って死んだ後、村に引き取られた。

 最初は大人の人達も優しかった。

 でも、幸せな気持ちにはならなかった。優しいは優しいだけど、こっちを可哀想なものを見る目で……きっと親とはぐれた子犬に向けても同じ目をしていると思う。

 それでも、ありがたかった。

 少し仕事を手伝ったらご飯を貰って、住める所まで用意してくれていたから。


 でも、三か月もしない内にまた大人の人達の目が変わっていくのを感じた。

 可哀想の気持ちはどんどん小さくなっていって、邪魔という気持ちがどんどんと大きくなっていったのがわかった。

 表情は変わらないけれどこちらを見る目は冷たくて、食事もどんどん少なくなった。

 ……仕方ないよね。うん、仕方ない。

 だって面倒を見る理由がない。意味もない。

 町で顔を合わせていただけの子供を何故育てなければいけないのか。

 自分達だって生活は楽じゃないのに何故分け与えなければいけないのか。

 村の大人達がそう思うのは仕方のない事だった。


「ごめんね、今日はちょっと少なくて」

「ううん、ありがとう」


 隣のおばさんの言葉が嘘だとわかった。

 俺なんかに食事すら分けたくないと目が言っていた。


「大丈夫か、これ差し入れだ」

「ありがとう、おじさん」


 はす向かいのおじさんの言葉が嘘だとわかった。

 とうもろこしの一本すらあげたくないけれど、当番だから渋々渡しに来たんだって。


「ねーねー、いついなくなるの?」

「お母さんが言ってたよ、いついなくなってくれるんだろうって……いなくならないの?」

「うーん、まだまだかな」

「そっかー」


 近所の俺より小さい子達が無邪気に大人達の本音を届けに来た。

 言われなくても、いなくなってほしいって思われている事くらい知っていた。

 でも、子供一人で出てった所でどうやっても生きられない。

 それくらいは馬鹿でもわかった。


「お前なんかに飯やるわけねえだろ、こっちは自分んとこだけでいっぱいいっぱいなのによ」

「そうですか、水だけでもなんとかなりませんか」

「……まぁ、スープの余りくらいならやってやってもいい」


 小さい子を通してじゃなく、直接悪態をついてくれるお兄さんは嬉しかった。

 多分、このお兄さんが一番優しかった。

 お兄さんはきっと最後まで、お兄さんが持ってきてくれる食事が一番多かったなんて知らなかったと思う。

 この頃にはもう、ほとんど食事は貰えていなかったから。

 スープにパンを一つ付けてくれるお兄さんの当番の時はすごく嬉しかった。


 他の大人達はもう表情すら取り繕っていなかった。

 邪魔。邪魔。邪魔。

 いついなくなる? いつ出ていく? いつ死ぬ?

 そんな目をしながら俺を見ていた。

 でも不幸中の幸いというか、直接俺を殺そうと思うほど勇気がある人はいなかったみたいだった。

 俺は子供だったから、一応罪悪感みたいなものがあったのかもしれない。



「ここか」

「ああ」



 どれだけの時間が経ったか、村に傭兵団が来たと騒ぎになっていた。

 隣のおばさんとかは恐がっていたけれど、村にお金を落としてくれるから我慢と言っていた。

 俺には関係無いと思っていたけれど、その傭兵団の人達は俺が住んでる小屋に来た。


「ひでえな」

「これで、育ててたと抜かすのか……村の奴等は」


 恐い顔したむきむきのおじさんと何故か悲しそうな顔をしたお姉さんだった。

 お姉さんのほうが俺にマントを被せてくれて、暖かくなったのを覚えてる。


「確かカナタってガキだったか。俺はカレジャス傭兵団の団長ウヴァルだ」

「私は副団長グリアーレだ」


 俺に名乗ってくれる人なんて珍しくて、俺も名前を言いたかった。

 けど喉がからからで声を出す事ができなかった。

 声が出なかったから小さく頷くと、ウヴァル団長――お頭は俺を抱きかかえた。


「村の奴等とギャンブルをしてたんだがな……払えねえなんて抜かすから金の代わりに酒とてめえを労働力として頂きに来た。今日からてめえはカレジャス傭兵団の戦場漁りだ」

「せ……り……?」


 抱きかかえられながらこちらを覗き込む二人の目を俺はじっと見ていた。

 可哀想、という感情があって……でも村の人達のように冷たくはなかった。


「安心しろ。私達の傭兵団には君と同じような孤児が多くいる。きっと仲良くできるはずだ」

「グリアーレの世話焼きが移ったガキもいるからな、最初はそいつに色々教えて貰え」


 その目は何故か辛そうで、俺に向ける感情は温かくて。

 村の人達に今まで世話してくれたお礼を言わなきゃいけないのに、俺はその目をもっとずっと見ていたくて、大人しく連れられた。


「お……と……。……か……さ……」

「あん!? 音がうるさいだあ!?」

「こら。きっとお前の声がでかいんだウヴァル、もう少し小さくしろ」

「ざけんな! 何で俺がガキに言われて声小さくしなきゃなん……いで! いでで! ほおをひっはるな!!」

「いいから声を小さくしろ!」


 ウヴァルと呼ばれた恐い顔をしたおじさんがグリアーレと呼ばれていたお姉さんにほっぺを引っ張らているのを見て、俺は自然と笑っていた。

 二人はさっき俺が言った言葉を聞き取れていなかったけれど、こんな風に笑えるのなら勘違いされてよかったかもしれない。つい変な風に呼びそうになってしまったから。


「宿に着いたらごはん……は難しいか。スープかパン粥でも作らせよう。食べれば少しはよくなるさ」

「酒はどうだ!? 一発で元気になるぜ!?」

「それはお前だけだ馬鹿」


 初めて会った人達をこんな風に呼ぼうとするなんて、多分自分で思ってるよりもずっと寂しかったんだと……俺は久しぶりに泣いてしまっていた。


――――


お読み頂きありがとうございます。

一区切りの閑話となります。次回の更新から第二部となります。

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