1.カナタの趣味

 カレジャス傭兵団は少数精鋭の傭兵団である。

 頭領含め傭兵として戦場で戦うのは十人前後、加えて戦場漁りの子供が今は十五人身を寄せている。

 スターレイ王国の南部に拠点を持っているそれなりに名の知れた傭兵団だ。


 今回は村同士の些細な言い争いから領主同士の対立にまで膨らんでしまったというくだらない理由で始まった戦であり、カレジャス傭兵団は片方の領主に雇われて参戦していた。


「ガキの喧嘩以下だな……ったく……」


 焚火に照らされるキャンプ地にて、カレジャス傭兵団の団長ウヴァルは酒を煽りながら愚痴る。

 傭兵という第三者の立場からすれば今回の戦は実にくだらなく、やる意味を感じない。

 小さい領地同士の戦であり、少しすればどちらかが矛を収めるだろうと踏んで受けた仕事だったが……その予想は当たる事無く、どちらも意地を張り続けて無駄に長引いている。

 今日に至っては敵の領主が魔術師まで出してきた事にウヴァルはあほらしさを感じていた。ただでさえ強面こわもての顔がさらに険しくなっていく。


「お前が受けた仕事だろう」

「わあってるよ……だがよ、こんなちっこい領地同士の戦いがここまでになるなんて誰が思ったよ?」

「まぁ、それは確かに、な」


 対面でウヴァルの愚痴を聞くのは美しいだいだい色の髪を持つ副団長のグリアーレ。

 女性ながら魔力の扱いに長けた魔剣士でウヴァルと共にこの傭兵団を率いている。

 横目に見ると酒を飲んで馬鹿騒ぎをする傭兵の仲間達。肩を組んで陽気に踊る者達もいれば、腕相撲をして賭けを始めている者達もいる。

 正直言ってグリアーレ自身もうんざりしているが、団員達の間でまだ不平不満が挙がっていないのは幸いと言えるだろう。


「魔術師まで出てきたが……どうする? やらせるか?」

「……やらせねえと食えねえだろうがよ」


 酒で馬鹿騒ぎする傭兵達とはほんの少し離れた場所……今日の収穫を自慢し合う戦場漁りの子供達のほうにグリアーレは目を向ける。

 そこには焚火を囲んで一緒に食事をしているカナタとロアもいた。



「カナタも飽きないなあ……そんなゴミばっか拾ってさ」


 不格好なスプーンで今日のスープを掬いながらロアは言う。

 隣ではカナタが焚火の明かりで火属性の小石……魔術滓ラビッシュを照らしていた。


「べ、別にいいだろ。ちゃんとお頭に渡す分の戦利品は漁ってきてるんだからさ」

「いやいいんだけど、もったいないなあって。それ探して漁ってる暇あるんだったらもっと漁れるでしょ? そうすればあんたの取り分だって多くなるってのに」


 戦場漁りの子供達は傭兵団に養ってもらう代わりに、戦場で手に入れた剣や金品をノルマとして渡して衣食住を約束して貰っている。

 収穫が多ければ個別で報酬もあり、カナタの向かいにいる子供なんかは今日の収穫が多かったのか腹いっぱいになる量のパンや干し肉に笑顔を見せていた。

 カナタにはパン一つとスープだけで干し肉はない。少なくはないが物足りない、そんな中途半端な量だった。


「何言ってるんだ。これはお頭に渡さなくてもいいんだぞ? 取り分で言えば全部取り分になってるみたいなもんだ」

「何それ……そんな事言ったら、魔術滓ラビッシュはすぐに消えちゃうんだから、消えちゃったら取り分ゼロって事じゃない」

「そ……それは……うぐぅ……」

「負けるのはや……。もう少しまともな屁理屈を用意しなさいよね……」


 ロアに言い負かされながらもカナタは魔術滓ラビッシュを眺め続けていた。

 火属性の魔術滓ラビッシュだからか、焚火の明かりによく映える。

 まるで宝石のようだが、宝石のような価値は一切ない。

 魔術滓ラビッシュは魔術に使った余計な魔力が形になっただけの残りかすに過ぎず、時間が経てば大気の魔力に溶けて消えていく。

 宝石のような繊細な輝きも無いので宝石と偽る事さえ出来ないので悪事にさえ使えないのだが……カナタにとっては集めるのがやめれない魅力があった。

 そう、いわば趣味のようなものだ。他者に理解されなかろうと本人にとっては価値がある。


「綺麗な石が好きなら宝石狙えばいいじゃない」

「宝石持ってる兵士なんてあんまいなくないか?」

「そりゃそうだけど……魔術滓ラビッシュだって魔術師がいないと手に入らないんだから同じようなもんじゃない?」

「ふふん……わかってないねロア。宝石はみんな狙うけど魔術滓ラビッシュは誰も狙わないでしょ? こっちのが漁りやすい!」

「言ってて悲しくならないのそれ? いや、カナタがいいならいいんだけどさ……」


 言い負かしたような自分から負けにいったような。

 カナタが複雑な思いでいると、二人の頭上に気配を感じる。

 振り向くと、いつの間にか団長であるウヴァルが樽ジョッキ片手にこちらを覗き込んでいた。


「はっ! カナタてめえまーたそんなゴミ集めてんのか!?」

「お、お頭! い、いいだろ! ちゃんとノルマ分は渡してるんだから!」

「ああ、別にいいぜ。ノルマさえこなすんなら文句はねえ。こっちとしても金にならないもん渡されても困るから勝手に持っていったらいいさ」


 まだ十歳程度の子供に絡むがたいのいい男という危ない構図。

 カナタがウヴァルに対してあまりいい印象を抱いていないのか、少し顔が引きつっている。

 それは他の戦場漁りの子供達も同じようで、ウヴァルが来た途端少し静かになっていた。隣に座るロアも目を付けられないように大人しくしている。


「何が楽しいんだこんなもん眺めて。宝石じゃああるまいしよ」

「だ、だってわくわくするだろ……」

「あん?」


 威嚇のように聞こえる返しにカナタは少し肩を震わせる。

 勿論ウヴァルが威嚇しているつもりはない。疑問で聞き返しただけである。

 それでも迫力のある顔面が威嚇しているように見えてしまっていた。


「ら、魔術滓ラビッシュは魔術から出る魔力なんだ……だからさ、これを眺めてると、俺みたいな奴でもこのちっちゃな塊の中にある魔術の欠片に触れられるような気がして楽しいんだよ……!」

「はーん……?」

「俺なんかが魔術を勉強できないってわかってるよ。でもさ……このちっちゃな塊の中にほんの少し夢を見たっていいだろ? わ、悪いかよ!」


 拳骨くらいは覚悟して強気に出るカナタ。

 一方、それを聞いていたウヴァルは樽ジョッキに注がれた酒をぐいっと飲み干す。


「別にいいんじゃねえのか。夢見るのは自由だ。夢見るのは、な。こっちとしてはノルマを果たせるんならいくらでも夢見てやる気だしゃあいい」

「ノルマはちゃんとやるよ! ちゃんと頑張るさ!」

「おー、たりめえだ。ノルマ達成できないならそんなゴミ集めとっくにやめさせてる。

カナタだけじゃねえぞ。お前らの服も、メシもただじゃねえ……しっかり働けよ。働けばカナタみたいなゴミ集めをしようが一向に構わねえからよ」


 ウヴァルは今日の収穫が多く浮かれている子供達含めて釘を刺す。

 歪んだ鎧の隙間に手を入れたり、瓦礫の下に潜り込むなど……戦場漁りは子供のほうが都合がいい。

 自分の食い扶持を稼ぐ手段を意識させながら、ウヴァルはカナタが握っている魔術滓ラビッシュをじっと見つめた。


「な、なんだよお頭……? あ、あげないぞ!」

「いるか馬鹿! お前以外に誰が欲しがるんだよそんなゴミ! 明日には消えるだろうが!」

「うえ! くっさ!」

「大人の香りだ! ぎゃっはっは!!」


 盗られないように魔術滓ラビッシュを隠そうとしたカナタに、ウヴァルは酒臭い息を吹きかける。

 団長を苦手にする者も多いが、これだけはウヴァルに同意するかのように周りの子供達も頷いていた。


「ロマンあると思うんだけどなあ……むう……」


 そんな周りの反応が不服なのかカナタはぶすっとしながら魔術滓ラビッシュを再び眺め始めた。

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