魔術漁りは選び取る

らむなべ

プロローグ

「うわぁ……綺麗だぁ……!」


 顔に泥をつけた少年は赤い小石を拾い上げて目を輝かせていた。

 口から出る率直な感想はあまりにこの場には似つかわしくないもの。


 焦げ臭くて土臭くて錆臭さびくさい、嫌な匂いしかない戦場。

 少年の周囲には先程まで戦っていた鎧姿の誰かが転がっている。

 何人もの人が命懸けで何かのために戦った場所で、少年は生きるために色々なものを漁っていた。


 傭兵団の下っ端……それ以下の"戦場漁り"。

 金目になるものなりそうなものならないもの。戦闘が終わった場所に飛び込んで武器や装飾品、小物などを漁るのだ。

 親を失い、寄る辺の無い彼を拾った傭兵団の収入の足しになるように。

 自分が、生きる価値を示すように。


 ……けれど、その拾った小石だけはただ彼の趣味で拾うものだった。


「おいカナタ! 逃げるぞ魔術師が前に来た! 下がるよ!!」

「今日は三つも拾えた……!」

「まーたそんなゴミ拾ってるのこのお馬鹿は!?」


 どこからか走ってきた少女はそのくすんだ赤髪を揺らしてカナタと呼ぶ少年の手を引いた。

 カナタはゴミと呼ばれた赤い小石をポケットにしまいながら手を引かれるまま走り出す。

 すると、二人から少し離れた場所で爆発音が鳴り響いた。


「ロア……爆発だ」

「だから魔術師が前に来たって言ったでしょ? あんたの好きなゴミ出してた魔術師じゃない? はん! こんな辺鄙へんぴな場所に来るくらいだからどうせへっぽこよ! 恐くないから安心して!」

「あそこの戦いが終わったらまた見つかるかな……?」

「知るか! 少しは恐がれ!」


 カナタはポケットにしまった小石を再び取り出した。

 ゴミと言われるその小石――魔術滓ラビッシュはロアという少女の言う通り紛れもないゴミである。


 色こそ物珍しく感じるが宝石のような輝きはなく、時間が経てば消えてしまう。

 その正体は魔術師が魔術を使った際、余計だった魔力の塊。

 魔術師にとっては未熟の証であり、精神が乱れた証拠なので魔術師からは疎まれてさえいる。

 何の役にも立たず、ただ消えるまで邪魔なだけのまさにゴミだった。

 当然、金の足しになどなりはしない。

 それでもカナタはこの魔術滓ラビッシュが好きだった。


「あんた……ゴミばっかりでノルマは!?」

「それは大丈夫! ほら、パンパン!」


 カナタは肩から下げているボロ布で作られたポシェットをぱんぱんと叩く。

 きちんと収穫があったのは本当なのか、動く度にがしゃがしゃと音がしていた。


「ならいいけど! さぼったらお頭にどやされるんだからね!」

「うん、わかってる……」

「ここを追い出されたら終わりなんだからね!」

「……わかってるよ」


 遠くに聞こえる金属音、時折響く爆発の音。

 何かが燃えた焦げた匂いが鼻につく。

 ここは戦場だ。カナタ達がいるのは戦いがある程度終わった場所ではあるものの、それでも戦線が下がったり敵が移動したりすれば巻き込まれる可能性だってある。

 安全とは言い難い環境だが、彼等はここで生きていくしかない。

 他に頼れる所は無く、奴隷制度のある国になどというギャンブルはごめんだ。

 それに、


「俺、お頭の所で働くの結構好きだもん」

「はぁ!? あんた変態!?」

「へんたいって何?」

「……あんたにはまだ早い」


 カナタは身を寄せている今の傭兵団が気に入っていた。

 だからこそ仕事はしっかり終わらせている。

 今持っている赤い小石……魔術滓ラビッシュ集めに難癖をつけられないためにもだ。

 戦場漁りとして放り出されるようになってもう二年……中々に手際はいいほうだと自負している。


 戦場が好きなわけではない。生きるためにいなければいけないというだけ。

 そして、この場所で見つけられる綺麗なもので誰にも奪われないものは魔術滓ラビッシュしか無かった。

 それはただの魔力の残りかすで、何の意味も無いただの欠片ではあっても――


「わぁ……ほら見てロア。火属性の魔術滓ラビッシュは日の光にかざすともっと綺麗に見えるよ。ほら見て見て」

「それは日の光が綺麗なだけでしょ、やっぱ変態よあんた」


 ――いつ見たかわからない光のように綺麗だったから。

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