第3話 三回目の朝
教会の朝の鐘の音で目が覚めた。
私は、屋敷のベッドの中にいる。また、戻ってきたのだ。鐘の音が、今日という日の三回目のスタートラインに立っていることを教えてくれる。
あの女の言葉は、すべて本当だと考えなくてはなるまい。そのうえで、はっきりしていることはこうだ。
第一に、私は今日の午後、死ぬ運命にある。
第二に、その運命を回避するには、私を構成する要素を変える必要がある。あの女には、要素を消すという形でそれができる。
第三に、今日の運命は今日の行動では変えられない。つまり、今日のスタートラインを変化させるしかない。
すでに今日は始まっている。いまさらじたばたしても、どうにもならないわけか。これはなかなかに難しく、おまけに、あまり分が良いとはいえないゲームだ。
やみくもにベットしても、無駄にチップを減らすだけだ。現に、私は二回の勝負で財産の大半を失った。勝率を上げるには、なにか手がかりがほしい。
そこまで考えたところで、きわめて重要な点に気づいた。それは『犯人がいる』という当たり前の事実である。私は自分の生死のことしか頭になくて、そんな大事なことが抜け落ちていたのだ。
犯人がわかれば、その人物を回避すればいいのだ。あの女の言い方を借りれば、『犯人につながる要素』を消せばいい。私は思い出してみた。
森から出たところで、突然撃たれた。なにも見えなかった。
いや、なにも見なかったわけではないぞ。あのとき、岩陰で何かが一瞬光った。あれは、銃身が太陽光に反射して光ったのだ。犯人は岩陰に潜んで狙撃したのだ。
狙撃場所が特定できたことで、がぜん勇気がわいてきた。今回こそ、犯人を特定するのだ。
身支度をして廊下に出たところで、ジェームズに会った。
「おはようございます、旦那様」
三回目だ。だが、ジェームズはこれまでとは違い、話を続けた。
「お話が。ここではちょっと……」
書斎へ招き入れると、ジェームズは言いにくそうに話し始めた。
「実は、あちこちへの支払いが滞っております。切り詰めてはいますが、必要なものは必要ですし、いかがしたものかと」
資産を消した影響だろう。フェルゼル家は、いまや日々の生活にも困る貧乏貴族なのだ。
「わかった。なんとか考えよう。クリスティーヌには、まだ伏せておいてくれ」
「承知いたしました。今日の狩猟はどうなさいます?」
「予定通りにやろう。妻に心配をさせたくない」
「かしこまりました。ではせめて今夜は、奥様においしいジビエ料理を召し上がっていただきましょう。最近は食事の質も落ちていて、ご不満のご様子ですから」
話を終えて、私は階下へ降りた。食堂では、愛するクリスティーヌが椅子に腰かけていた。
「おはよう」
私は妻の額にキスしてから、食卓についた。
私たちが結婚したのは三年前だ。とある伯爵家の夕食会で、伯爵の養女として紹介された。私はすぐにクリスティーヌに夢中になった。つやのある長いブロンドの髪、碧い目、健康的な肌。背が高く、美しい。
容姿だけではない。新大陸で育ったという彼女は、明るく、積極的で、行動的だった。思ったことははっきり言う。そういった淑女然としていないところがまた魅力で、私は理想の女性に出会えたと確信した。
親類の中には、彼女の出自が不確かだとして、結婚に反対する者が多かった。が、私はそれを一蹴して結婚式を挙げたのである。結婚後は私の要望を受け入れ、良き妻、良き女主人として貴族階級にふさわしい節度を守ってくれている。
「狩猟には、予定通りに行くの?」
「ああ。獲物に期待してて」
私は彼女の明るい表情が見たくて、つとめて陽気にふるまった。クリスティーヌは、射撃も乗馬も玉突きもたしなむのだ。以前、ジェームズが射撃の手ほどきをしたときにも、奥様は驚くほど筋がいいと真顔でほめていた。
だが、今日のクリスティーヌはそっけなかった。なんとなく経済的な問題を察しているのだろう。
「気をつけてね。ジェームズ、花壇のことでちょっと」
それだけ言うと、食事もそこそこに席を立ち、ジェームズと庭の花壇のことで相談をはじめてしまった。
狩猟は、前回とまったく同じように進行した。ジェームズは同じ冗談を繰り返す。同じ場所で休憩し、サンドイッチを食べる。ウサギを仕留める。すべて同じことの繰り返しだった。
もどかしかった。今日の最大の目的は、犯人を目撃することだ。時間の過ぎるのが、やけに遅く感じられた。
「旦那様、今日はこのあたりでお開きとしましょう」
ようやく時間がきた。ここからが勝負だ。森の入り口についた。問題の岩がここから見えている。
私は犯人が隠れているはずの岩を凝視した。ゆっくりと森の外へ踏み出す。緊張で汗がにじむ。ひたすら、岩だけを見つめて進んだ。
森に轟音が響いた。例の焼けるような激痛を腹部に感じ、私はあおむけに倒れた。今回も私は死ぬ。だが、いま感じているのは激しい怒りだ。
そう、私は確かに犯人を見た。
あの女が、私の顔をのぞき込んでいる。女は、いちだんと妖艶さを増していた。髪は長く伸び、濡れたようにつやのある唇が男心をくすぐる。ローブではなく、胸元の大きく開いた、瞳の色と同じ深紅のドレスを纏っていた。
「かわいそうなセバスチャン。見てしまったのね」
私はうめいた。
「なぜだ。なぜ、クリスティーヌが。こんなにも愛しているのに」
「人の心ほど、わからないものはないわ」
私の心は、怒りに満たされていた。
「復讐だ。私の愛を裏切った女に復讐しなければならない」
「なにを消すのかしら?」
「なんでもいい。そう、所領だ。復讐に所領など不要だ。さあ早く、早くキスを」
女が覆いかぶさってくる。官能的な甘い香りが私を支配する。唇が触れあう。
私の意識はまた、暗い闇の底へと吸い込まれていった。
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