第1章「深紅色のマニキュア」
「
店長の
「木崎先生、それ、どうにかならないんですか?」
橋本は、深紅色に染められた真音のネイルを見て、深いため息を吐いた。
「別に、付け爪をしているわけじゃありませんし、生徒さんにちょっとお手本演奏を聴かせて差し上げる分には、なんら支障はないかと思いますが……」
真音は、いつも通り、強気な物言いをした。
真音が、初めてマニュキュアをしたのは 「全国学生ピアニストコンクール」の二次予選で、むざむざとピアニストとしてのチャンスを投げ捨てた日だった。
母が、自宅でピアノ教室を営んでいたこともあり、物心がついた頃から、真音はピアノを玩具代わりに弾いていた。ピアノを弾くことは、真音にとっては、朝起きたら顔を洗うのと同じくらい日常的なことだった。当然、真音の演奏レベルは、同年代の子供達の水準を大きく上回り “神童“ などと持て囃された。名門“
後一歩というところで、真っ逆さまに転がり落ちた。
「自分みたいな趣味で楽しくピアノを弾いているオッサンには解りませんがね、“一流のピアノ弾き”って呼ばれる人たちは、マニキュア塗るだけでも、演奏に影響が出てくるもんなんでしょう? 第一生徒様からの印象がよろしくないんですよねえ……まあ、木崎先生は名門“慧都音大“をご卒業されている上に、その美貌ですからね……今度の男性の生徒様にも高価なピアノ購入をお勧めして、当店の売上に貢献してくださいよ!」
橋本のこの手のセクハラ発言は毎度のことだ。真音は、何事もなかったかのように平然として橋本に尋ねた。
「ところで、新しい生徒様は何曜日のレッスンにいらっしゃるの?」
「毎週水曜日の午後3時! よろしく頼みますよ! 木崎先生!」
店内に展示してある電子ピアノを興味深そうに眺めている母娘の方へ、
「いらっしゃいませえーーー」と調子の良い挨拶をしながら、真音から離れて行く橋本の背中をキッと睨みつけながら、
「“一流のピアノ弾き“ じゃないから、マニキュアしてるのよっ!」
と、真音は呟いた。
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