【番外編】 第十七話

朽木先輩によってボールが弾き出された場所からキックインでの再スタートとなった。波多野くんがキックインを行い、自陣の後ろの方で陣取る間中くんにパスを出したが、もう既に松本先輩が迫ってきている。


松本先輩の守備は完璧だ。やはりチームAは総合力が高い。


俺はどうすればいいだろうか。右サイドに陣取る波多野くんをちらりと見ると、パスを受けるためにコートのライン際に大きく開いている。

なら、俺もパスを受けるためにライン際まで開こう、と前を向くと、鋭い目をした神田先輩が俺の前に立ち塞がっていた。


「くッ」


俺はぴたりと足を止めてしまった。

神田先輩が醸し出す威圧感はずしりと頭を抑え付けられるような感覚にさせる。しかし、動かないわけにはいかない。


俺は無理やり体を動かして、パスを呼び込むも、間中くんは俺の方を一度も見ていないため、パスが来る可能性は限りなく低い。

そして、松本先輩を一瞬だけ躱した間中くんは、地面を蹴るかのようなチップキックでふわりとした軌道のボールをゴール前に送った。


しかし、ボールの落下地点では朽木先輩が権田くんを抑え込んでいる。

その時の俺は気が付かなかった。いつの間にかボールだけを見ていることに。


「工夫がないな」という朽木先輩の声と共に、ヘディングで間中くんのパスをカットし、前線へとボールを弾き出した。頭の中を攻撃から守備へと切り替え、俺は神田先輩を探す。

だが、神田先輩は既に俺たちのゴール前まで駆け出しており、俺は慌ててその背中を追った。


「いつの間に!」


と、俺は言葉に出してしまっていたと思う。それほどまでに動揺していた。

そして、一度離れてしまった神田先輩の背中はなかなか追いつけない。一歩、また一歩と突き放されてしまう。


神田先輩はドリブルをして、俺はボールなしで走っているだけ。

それなのに距離は開いていく一方で、俺は足を止めてしまいそうになる。ここで諦めなくても、諦めてしまっても結果は同じだ。神田先輩はドリブルを続けて、俺たちの陣地を切り裂いていくだろう。


なら、やって後悔しないほうを選ぶ。


俺はもう一度、足に力を込めて、一歩、また一歩と前に繰り出していく。

ほら走れよ。

負けてはいられないんだろう?


例え意味が無くても、俺は走り続ける。


「出せ、神田」という松本先輩がボールを呼びこむ声を無視して、神田先輩は間中くんの頭上を越すような柔らかな軌道のシュートを撃ち、ゴールネットを小さく揺らした。


静寂があたりを包み込む。

そして、爆発するような声をあげて角田先輩が神田先輩のゴールを称えている。しかし、今の俺には自分の心臓の音しか聞こえない。


ああ。

点を決められているはずなのに。どこか心地良くて、落ち着いている。

気持ちがいい。


こんな天才がいるチームに所属できて嬉しい。

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