【番外編】 第十二話
実力を付けたい。
俺は漠然とそう思った。だけど、今まで受動的にサッカーをやってきた俺にはどうすれば実力が付くのかわからない。
ただ楽しければいいと思っていた。
サッカーをやっていれば友達もたくさんできるし、それなりの運動神経だって身に付く。チームでの練習時間内で基礎練習や体力作りの地道な積み重ねの上で、楽しさがあることもわかっていたが、上に行けば行くほどそれだけじゃ足りないらしい。
透真だって何かを始めて、変わろうとしている。
背中から嫌な焦燥感に駆られ、俺は走った。
サッカー部の練習の後には透真たちと自主練習があるため、さらにその後。暗く深い夜道を十五キロメートル、ひたすらに駆けた。
透真がやっているように一人で自主練習をする器用さは俺にはない。だから、ただ走るしかないのだ。
そうしている内に三年生の最後の大会は県予選二回戦敗退となり、三年生はサッカー部を引退した。三年生の先輩たちとあまり関われなかったことを少し悔やんでいた俺は、先輩たちが引退した日の帰り道、透真と渡辺の前で言ってしまった。
「三年生の先輩たち、もう引退かー」
ずきりと左足の脹脛の辺りが痛む。
三年生の最後の大会の出場メンバーに選ばれていなかったため、俺はいつも通り十五キロメートル走っていた。
いや、違う。いつも通りではなかった。昨日の県予選一回戦での先輩たちの奮闘を見て、いつも以上にモチベーションが上がってしまい、いつもよりもハイペースで走ってしまっていた。だから、いつもよりも筋肉痛が酷い。
俺が歩きながら左足の脹脛を一瞬だけしゃがんで触れていると、渡辺くんが「まぁ」と呟いた。
「三年と一緒に半年近くも部活動できる運動部も珍しいけどな。他の運動部は六月に引退することが多いだろうし」
「そうだよね。けど、やっぱり寂しいな。俺は全然、三年生の先輩と関われなかったし」
「三年生も死んだわけでも、中学校を卒業するわけでもない。そんなこと考えるよりも先に、先輩たちが達成することができなかった全国出場をすることだけを考えようぜ、なぁ、若林」
渡辺くんが突然透真に話を振り、透真は小さく「ああ」と答えた。
そして、顔を反らした。
何か透真の様子がおかしい。確かに透真も三年生の最後の公式戦に選ばれなかったことが悔しいのだろう。だけど、もう選抜メンバーが発表されてから一カ月以上は経っているため、気持ちを切り替える時間は有り余るくらいにあった。
だからそれが原因であることはない。
ふとそんな時に、数か月前の一軍と二軍との紅白戦を思い出した。その中で透真が三年生の丸山先輩に声をかけられている姿を。
俺がそんなことを考えていると、いきなりリュックサックを背負わされたような衝撃が両肩を襲った。
ちらりと横を見ると、渡辺くんが肩を組んで来たのだ。透真も同じ状況だった。
「俺たち三人でこのサッカー部を全国に連れて行こうぜ」
満面の笑みを浮かべていた渡辺くんにそう言われた。
根拠ない自信だと思ったが、どこかそれが羨ましかった。
そんな俺たちの後ろからとてつもない速度で近寄ってくる足音が聞こえた。
軽快なリズムを刻み、俺たちの前へと躍り出た。
「ちょっと待った!!それに俺たちも混ぜちゃくれねーか」
歌舞伎のポーズをした波多野くんがいた。しっかりと顔も顰めている。
どう反応したらいいのかわからない。
しかし、凍り付いた雰囲気を粉砕するように、渡辺くんは俺と透真から両肩を離し、腹を抱えて笑い出した。
「はははは!!波多野最高!!」
そう言いながら、波多野くんの真似をしている。
傍から見たら、かなりおかしな光景であったため、俺の口から空気が漏れ出してしまった。
「ちょっと、亮。当然走り出したかと思ったら何やっているのさ」
「つーか、どういう状況?これ」
俺は振り向くと、そこには間中くんと権田くんがいた。
「間中くんと権田くんまで。家の方向は少し違うんじゃなかったっけ?」
「ああ。けど、波多野に誘われたからな」
権田くんは淡々と答えた。
誘われた?なんで?
そんな疑問が浮かんだが、それを解消するための問いを間中くんが代わりに尋ねてくれた。
「それで?僕たちは何のためにこっちまで連れてこられたの?」
間中くんはため息を吐いた後に言った。間中くんの視線は波多野くんに向いていたが、問いに答えたのは渡辺くんだった。
「波多野に頼んで間中と権田を俺たちの元に連れてきてもらった。何故なら俺が思うに、ここにいる俺を含めた六人は一年生の中で頭一つ抜けていると思うんだ。今後このサッカー部の中心的人物になると踏んでいる」
俺が?
と、素直に思ってしまった。
ここにいる六人のうち、渡辺くんと間中くんは既に一軍にいるため、中心人物になるのはわかる。透真と波多野くんだって、紅白戦でかなりの戦績を残しているし、権田くんは一年生で唯一のゴールキーパーで、最近はかなり実力を付けてきていると思う。
だけど、俺は何も残せていない。
「だから、この六人での交流をしていくことが必須だと思う」
こんな豪華な六人の中に俺が含まれてしまってもいいのだろうか。
だが、俺は渡辺くんの話を遮ることはできずに最後まで聞いてしまう。
「だから、これからできる限り、放課後に俺たち六人で自主練をしていこう!!もちろん他のメンバーも誘うのもありだ!!」
だから、俺は走り続ける。
この六人の中に含まれてもいい、と俺がはっきりと思っていいように。
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