【番外編】 第九話
俺たちが一軍にボロ負けをした次の日。
県外の大会でベスト16になった中学校のサッカー部と練習試合をすることとなり、その中学校へとたどり着いた。
バスの中で吐いてしまったせいで、口の中が気持ち悪い。俺は口をゆすぐために、透真とともにドリンクの準備をするために他校の水道に来ていた。しかし、今の俺にはどうでもいい。
俺はカゴで幾つか持ってきていたドリンクの容器を後回しにして、銀色から飛び出てくる水を口に含み、苦みを喉の奥に流し込んでいく。
「今度から絶対酔い止め持ってくる」
自分が車の揺れに弱いことを知り、そう決意を固めた。
俺はカゴの中のドリンクの容器を取り、水を中に入れては出して、簡単に洗った。透明な液体が銀色の排水溝に吸い込まれていく。
そこに少し濁った水が混ざりあってきた。
「けど、吐いてしまうくらい酔うなんて、さては夜更かししたな?」
透真の向こう側で、熱中症対策用の濡れタオルを準備していた波多野くんが水を含んだタオルを絞っていた。波多野くんが持っているタオルは、サッカー部で使い古されているため、くすんだ白色をしていた。
俺は洗い終えたドリンクの容器に蓋をして、もう一つのドリンクの容器に手をかけた。
「うん、昨日海外サッカーがあったからね。それを見ていたらいつの間にか朝になっていたよ」
「まじかよ!!あんな遅い時間まで起きていたのかよ!!」
「うん、それくらい気になっていたからね」
ぎゅううう、という擬音が似合いそうなほど波多野くんはタオルを絞り切った後、カゴの中に放り込み、俺の発言を抑え込むように手を差し出した。
その手は俺と波多野くんの間にいる透真の発言も抑えているようだった。
「すげーなー。あ、結果のネタバレはするなよ。俺は録画して、今日帰ってから見るんだから」
俺は目だけを動かして、透真をちらりと見た。
透真は表情筋をぴくりとも動かさず、黙々とドリンクの容器を洗っている。少し安堵をしながら、俺は波多野くんに視線を戻した。
「わかったよ。でも本当にいい試合だったのは確かだから、楽しみにしていた方がいいよ」
「おー!!もう今日の練習試合よりも海外サッカーの試合見たい。なぁ、若林も気になるよな!!」
安堵したのは一瞬だった。透真は「え」と驚いたような様子だった。
だが、透真は小さく微笑んだ後、頷いた。
「ああ。俺も帰ってから見るのが楽しみだ」
透真はそう答えた。
そして、俺と透真は中身の入ったドリンクの容器を持ちながら、一軍がアップを始めている場所まで歩いて行った。その中、ふと上を見た透真が呟いた。
「おう、あれって俺たちの学校の生徒だよな?」
透真の視線の先には、校舎のベランダからビデオカメラを構えている女子生徒がいた。俺たちが通っている中学の制服が他校の校舎の中にある。それが少し異様な光景に見えたが、風の噂で聞いた話を思い出した。
「ああ、確かサッカー部の仮マネージャー、二年生の今井梨乃さんだったよね」
「仮?」
透真の問いに、かつて聞いた噂話を必死に思い出す。
「うん、俺たちの中学校は部活マネージャーをしてはいけない校則があるんだ。だから部活の一員ではなく、一人の生徒としてサッカー部を応援してくれているらしいよ。だから仮マネージャーなんだ」
「そうなのか。じゃあ、あのビデオカメラは?」
「建前として個人的に撮っているだけらしいけど、本当は撮ったビデオをサッカー部の先輩に渡しているらしいよ。ほら、コート全体から試合を観たら、戦術理解するときとかチーム全体の欠点とかが分かりやすいでしょ?」
「戦術理解…………か」
透真は何度も頷いていた。
隣を歩いていた波多野くんが「なんだ。一目惚れか?」と茶化していたが、きっと透真の耳には聞こえていないだろう。
透真の顔から影が消えたように見えた。
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