外交上の行動

「本来であれば、飛行機から降りて来られるのを地上で待たれるべきでした」


「私達が事前にお伝えしなかったせいですね……」


 伊吹達は皇宮へ向かう車内にて、先ほどの伊吹の行動についての反省会が開かれている。

 教子のりこつかさが怒る訳ではなく、自分達の教育が悪かったせいであると落ち込んでいるのを見て、伊吹は自らの行動を反省している。


「ごめんね、どうしても無意識的に女性を優先する行動を取ってしまうなぁ。

 僕の方に来てくれるのを待っておけば良かったんだね。居心地悪いけど、そういうもんだと割り切るしかないのかな」


「いえ、ご主人様の行動は一般的ではありませんが、世界中の女性が絶賛しております。これらの報道を見る限り、問題行動であるという声は見られません」


 智紗世ちさよが手元のタブレットを操作し、世界各国の報道機関の反応を伊吹へと見せる。


『伊吹親王殿下、アルティアン王国第二王女マヤ殿下に求婚か!?』


『固く結ばれた握手、両国友好の懸け橋』


『次世代の国主同士、親交を密にする思惑ありか?』


『自らタラップ車を上ってお出迎えされた伊吹親王殿下。在りし日の紳士の姿』


『微笑ましいお二人のお姿に日本中がため息を吐いた……』


『マヤ王女は背を向けて一人、お車へ向かわれる。伊吹親王は相手にされず』


 伊吹としては、わざわざ国外から訪ねて来てくれたまだ見ぬ友人を迎えに来ただけなのだが、その行動を求愛であると見る者と、政治的意図として見る者とに分かれているようだ。


「ですが、新支那通信だけは悪意がありますね。まるでご主人様が王女殿下に袖にされたような書き方です」


 新支那通信とは、マレーシアに本社を置く報道機関である。


「いや、袖にされたとも見えるけどね。

 わざわざ階段を上って迎えたのがダメだったのか、それとも握手がダメだったのか。

 あ、もしかしてまだ自己紹介も済ませていないのに、同じ車に誘ったのをはしたないと思われたとか?」


 伊吹が出迎えの際の行動を振り返り、マヤを不快にさせたと思われる原因を探る。冷静に考えると、原因かと思われる行動が複数思い当たり、伊吹は自身がまだまだ皇族に相応しい行動が取れていないのだと思い知る。


「階段を上られたのは、むしろ過分なお心遣いであると感激すべき事柄です」


「外交において、握手を交わすのは当然の行動。男性皇族の方から手を伸ばして頂けた訳ですから、これも感激すべき事柄です」


「自己紹介も何も、世界中が伊吹様の事を存じ上げていて当然なのです。むしろ、あの場で王女殿下が自己紹介されなかった事の方が問題と言えます」


「そもそも、伊吹様に背を向けて一人で歩き出すというのは外交儀礼上かなり際どい行動です。アルティアンほどの対日友好関係を築いていない他国の者の行動であれば、皇宮から抗議を入れる可能性も考えられます」


 教子と司は、伊吹の行動よりも、マヤの行動の方が問題であると指摘した。


「いや、慰めてくれるのは嬉しいんだけど、あちらを貶めるような言い方は良くないよ?」


 伊吹は先に問題行動を起こしたのは自分であり、その行動を受けて気を悪くしたマヤが先に車に乗り込んでしまったのだろうと思っている。


「ご主人様、お二人が先ほど事前にお伝えしておけば良かったと仰っていた事については、ご主人様に過剰な対応をさせてしまったという意味での反省です。

 ご主人様が階段を上がって王女殿下の手を取られた行動については、喜ばれる事はあっても不快にさせるような行為ではないのです。

 ですから、王女殿下が先に車に向かわれたのは、本当に疲れていたのか、それとも別の意図があってわざとそういう態度をお見せになったか、かと思われます」


 智紗世が伊吹の思い違いについて訂正をする。

 伊吹がマヤに取った行動において、マヤを不快にさせるような非常識な行動はなかったと改めて伝えた上で、マヤが伊吹に背を向けた事が問題行動であるという認識を伝える。


「そうなんだ。ようやく理解したけど、じゃあ何でそんな行動を取ったかについてはこっちでいくら話し合おうが予想でしかないね。

 会話は出来ていたし、あからさまに不快な表情は見えなかった。僕を遠ざけようという意図があるなら、もっと極端な行動に出るように思うけどなぁ」


 伊吹の認識が式部姉妹と智紗世と同じになったところで、智紗世が改めて手元のタブレットを伊吹へ向ける。


「……いや、さすがにそれはないんじゃない?」


 タブレットには、新支那通信の『マヤ王女は背を向けて一人、お車へ向かわれる。伊吹親王は相手にされず』という見出しが表示されている。


「第二王女殿下の背後に、例の華僑が潜んでいないと言い切れますか?」


 智紗世の問い掛けに対して、伊吹は何とも言い返せない。初めて会ったマヤの性格や主義志向を全く知らないので、現状では肯定も否定も出来ない。


「アルティアン王国の代表として来られましたが、友好国とは言えども他国です。お互いの国益を照らし合わせ、交渉が必要な相手なのです。

 決して過剰な優しさを見せるべきではありません。そういう意味では、階段を上って手を差し伸べられたのはやり過ぎと言えます。

 分かって頂けましたか?」


「そうだね、よくよく分かったよ。

 ……ちなみに、僕よりもお父様の方が好みだから、あえて僕を避ける事でさりげなく自分の夜の相手をしてほしくないと訴えているという可能性は?」


 この伊吹の発言に対して、三人としては何も言い返す事が出来なかった。


 そんなやり取りをしていると、伊吹が乗った車が皇宮へと到着したのだった。

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