第二王女の滞在日程


 ノ塔、副社長室にて、アルティアン王国第二王女、マヤ・イノリ・アルティアンの来日時の滞在日程について式部しきぶ姉妹から伊吹へと説明がなされている。

 マヤが日本でする事、訪れる先などについては、大日本皇国皇宮とアルティアン王国王宮との間での話し合いでほぼ決定されており、本人達からの了解を得た後に正式に決定がなされる事となる。


「五月二日、王女殿下が王国政府専用機で訪日され、その足で皇宮へ向かわれて皇太子殿下と歓談されるご予定です」


 教子のりこが日程表を指差しながら伊吹へと説明する。


「僕は空港まで迎えに行かなくて良いの? 国賓なんだから、誰かしら迎えに行く方が良いんじゃない?」


 式部姉妹が手元の資料を確認する。そこには、もしも伊吹親王殿下のお気が向かれるならば空港までご足労願えれば非常にありがたい云々かんぬんと記されている。

 大日本皇国の欧州への影響力保持の為、アルティアン王国に対しては良い顔をしておきたいという日本政府の意向だ。


「午前九時半に到着される予定ですので、こちらを遅くとも九時には出ないとなりません」


「間に合うようにお起きになられますか? 前夜のお勤めのお疲れがあるやも知れませんが」


 式部姉妹は伊吹へ皇族としての礼儀作法や儀式関連について教える為に派遣されているのだが、今ではすっかり過保護な伊吹大好きお姉ちゃんと化している。


「大丈夫だよ、二人が起こしてくれるんでしょう?

 それに、アルティアン王国とは末永く良いお付き合いをするべきなんでしょう?

 ならなおさら、他国に見せる以上の態度を示さないと」


 伊吹が国賓接遇に前向きなのを理解して、式部姉妹は後ほど外務省へ連絡を入れて行程調整をする事とした。


「初日は移動でのお疲れもあるでしょうから、皇太子殿下とのご歓談のみとなります。

 王女殿下のご宿泊先についてですが、皇宮内の迎賓館となります」


 司が日程表を指差しながら伊吹へと説明する。


「迎賓館ね。僕も皇宮内にある自室に泊まった方が良いのかな?」


 教子と司が、手元の資料を確認する。そこには、もしも伊吹親王殿下のお気が向かれるならば皇宮内の自室にてお泊り頂ければ非常にありがたい云々かんぬんと記されている。


「政府としては少しでも僕と王女との距離感を縮めておいて欲しいんでしょう?

 来日日程だって、王女の最終月経から計算してから正式決定した訳だし。一番の目的なんだから、僕が合わせるのは当然だと思うよ。

 二人もそんなに僕に気を遣わず、政府から求められている事をそのまま教えてほしいんだけど」


 式部姉妹は壁際に控えている智紗世ちさよの表情を窺う。


「ご主人様の仰るようにされるべきかと思います」


 智枝ともえから伊吹の生い立ちや背景、前世の記憶など含めてよくよく聞かされている智紗世は、伊吹が本心からこの国の為に動くつもりでいる事を理解している為、教子と司へ言われるままに対応すべしと助言する。


「分かりました。伊吹様には王女殿下に合わせ、初日と二日目は皇宮内でお過ごし願います。

 三日目は王女殿下がアルティアン王国の地方都市と姉妹都市提携を結んでいる都市がある関西地方へと訪問されます。

 伊吹様はその訪問には付き添われず、ご自身の思われるようにお過ごし下さいとの事です」


 そう話す教子の手元の資料を覗き見る伊吹。そこには、マヤが訪問予定であるフットボールスタジアムで月明かりの使者によるライブを開催出来ないかと打診する内容が記載されていた。


「ライブか……」


「伊吹様、さすがにこれはやり過ぎです。ここまで豪華におもてなしをする必要はございません」


「これほどの歓待をしてしまいますと、先方の立場としてそれ相応のものを用意する必要がある為、先方の負担へとなりかねません」


 そう話す式部姉妹であるが、伊吹は伊吹で思惑がある。


「治。王女が訪問する予定のフットボールスタジアムの情報を出して」


 副社長室の壁に掛かっているディスプレイに、スタジアムの情報が表示される。


「収容人数が二万人強で、大きさは横浜国際総合競技場の……」


『約五分の一だな』


 治が伊吹の欲していた情報を先回りして伝える。


「よし、大喜利大会の運営幹部を招集しよう。直前とはいえ、大喜利大会でのライブ前に月明かりの使者の音響運用の試験が出来るんだ。

 えーっと、日本とアルティアンのフットボール親善試合か。じゃあとりあえず国歌斉唱した後、何曲か歌わせてもらえないか試合関係者に確認しないとな」


 伊吹の思い付きに対して式部姉妹はおろおろしているが、智紗世は慌てずに社内関係者に連絡を入れており、すでにきょくノ塔の大会議室も押さえている。


「ご主人様。王女殿下のご移動だけで国鉄のダイヤ運行を複雑に調整しているかと思います。

 その上、ご主人様もとなると、さらに複雑な調整を短時間で済ませないとならない為、国鉄関係者の負担を鑑みて、歌唱自体は撮影スタジオから生配信で行うというお考えはいかがでしょうか?」


 関係者へ連絡を入れながら、脳内で懸念点についてまとめ、手短に伊吹へと報告する智紗世。

 なおかつ、実現可能な範囲での調整を行い、提案もしてみせた。


「ここから関西までヘリで移動は厳しいかな?」


「いけません!!」

「危険です!!」


 すかさず式部姉妹が待ったを掛ける。


「片道三時間、到着してすぐに歌えますか? ヘリ移動で快適だと思われる移動時間は一時間以内だと言われていますが。

 なおかつ、帰りも三時間です。その分奥様方と一緒にフットボールの観戦をされた方が有意義なのでは?」


 待ったを掛けるだけの式部姉妹と、難点を挙げた上でさらに良い提案をする智紗世。

 伊吹を支えるという意味では、智紗世の方が有能と言える。


「……分かった。生配信での国家斉唱が不敬とならないのなら、それで行こう」


「ご主人様はご自分のお立場をお忘れですか?」

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