THE JAPANESE COURTESY ~日本の礼儀~:撮影風景
「何で私が母親役なのよ……」
「そやかてママ、うちのリアル母親やん?」
「大丈夫やて、生配信やないんやし」
「それでも私の事を世界中の人達が見る訳でしょう? 緊張するなって言う方が無理があるわよ」
メアリーはカメラを前にして、ガチガチに緊張してしまっている。撮影はまだ始まっていないのに、脚が小刻みに震えているのがマチルダにも伝わっている。
「うーん、でもうちもイブイブもほぼ毎日生配信してんねんで?
今日は生配信ちゃうし、失敗しても何回でもやり直し出来るんやし、そこまで緊張せんでもええと思うわ。
セリフもないんやし、うちと手を繋いでるだけでええねんし」
「そうは言っても……」
こうして親子で会話している間にも、化粧担当の女性達がマチルダの髪型やメアリーの化粧を直している。
この状況がすでにメアリーの緊張を増幅させているのだが、マチルダにとっては最早日常と言えるので、こればっかりは慣れるしかないと思われる。
「副社長入られましたー!」
そこへ、撮影を見学するべく伊吹がやって来た。
「おー、メアリーの顔が真っ青だ」
「イブイブ、何しに来たんやさ。余計緊張させるような事言いなや!」
「何でやねん!」
メアリーがマチルダの頭を叩く。緊張している為か、伊吹に対する物言いを注意しようとしてツッコミを入れてしまい、マチルダの髪型が乱れてしまった。
マチルダは恨めしそうな表情で伊吹を見上げるが、伊吹は苦笑を浮かべるだけだ。
「メアリー、ちょっとこっち来て」
伊吹はメアリーの手を取って、化粧担当の女性の手によって髪型を直されているマチルダから距離を取る。
周囲に人がおらず、声を聞かれない程度の位置へ移動して、伊吹はメアリーに囁く。
「僕にベッドの上で見られている時と、カメラで撮られているのと、どっちが緊張するか想像してみて」
耳元での囁きを理解すると同時に、メアリーの顔が真っ赤に染まる。首元から上が火照り、目も少し回っているのが分かる。
「ほら、深呼吸して。大丈夫、カメラで撮られるくらいどうって事ないよ。
それとも、今夜はベッドの上でカメラを回してみようか?」
「ダメですっ!!」
メアリーが叫んだ為、スタジオ内の全員がメアリーに注目する。
「ごめん、ちょっとからかい過ぎた。顔が赤いからもっとファンデーション塗ってもらえる?」
「分かりましたー」
化粧担当の女性がマチルダの髪型のセットを終えて、今後はメアリーの顔にファンデーションを塗りたくっていく。顔だけでなく首元も塗る必要がありそうだ。
「うちのママに何してくれてんねん!」
マチルダが伊吹の脛を蹴った為、侍女達がマチルダを羽交い絞めにし、またマチルダの髪型を直さなければならなくなった。
撮影スタジオ内で空港の場面を撮り終わった後、
撮影自体はすぐに終わったのだが、ちょうどお昼時という事もあり、撮影スタッフも含めて食事休憩中だ。
この店舗は、伊吹が前世で何度も通った全国展開のラーメン店の味を再現しようとしている途中であり、マチルダもその監修に携わっている。
「未だに総本店の味にはほど遠いなぁ。ドロドロ加減はよう似てるんやけど」
「え? 総本店とチェーン店で味って違うもんなの?」
伊吹も撮影が終わった時点でマチルダ達のテーブルに座って注文をし、こってりラーメンを堪能している。
「多分セントラルキッチンでこってりスープを作って、全国に配送してたと思うんやけど、総本店の味は何か違ったんよなぁ。いっちゃん美味いんよ。
麺の湯切りの仕方とか、器の温め方とか、スープの温度とか、何かが決定的に違うんやと思うけど、今となっては分からんよなぁ」
マチルダは非常に残念そうにラーメンを啜っている。これは撮影用ではなく、味の再現度を確認する為の試食に当たる。
「食べ過ぎたらダメよ? 午後からまだ撮影が残ってるんだからね」
メアリーは伊吹の囁きのお陰か、過度の緊張はせずに順調に撮影をこなしている。
「こってりラーメンを前にして、食べ過ぎるななんて無茶な話やで」
昼休憩を終えて、車に乗って宮坂ホテル東京第一の前まで移動した一同。
現在撮影の本番中である。
「ねぇ、そこの二人。もしかしてこれから出掛けるつもりかしら?」
「「マチちゃん!?」」
真智の登場、そして真智から声を掛けられた事により、身振り手振りで興奮している事を表す二人。
「わわわ私達、今から藍吹伊通りに行こうと思っていたところで!」
「ももももしかしたら、副社長に会えるかもって!」
そんな二人を真智と母親は無表情で見つめ、そしてため息を吐く。
「貴女達、自分がどれだけ臭いか自覚して、……ゲプッ!!』
「カットーーー!」
「だから食べ過ぎるなって言ったでしょ!!」
メアリーがセリフの途中でゲップをしたマチルダの胸へツッコミを入れる。
「アカンてママ! 今そんなんされたら上がってく……」
ウッ、と言葉を詰まらせるマチルダを見て、外国人観光客役の二人が背中を摩ったり、手に持っていたバッグを広げてマチルダに差し出したりとしている。
「一旦休憩しまーす」
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