安藤子猫協会会則十ヶ条

 伊吹教と呼ばれていた集団は現在、元大司教の阿藤あとう清華さやかを協会長とする安藤子猫協会と名を改めている。

 また、一時期はこの集団から距離を置いていた梅垣うめがき舞花まいかも現在は協会の創始者として参加している。


 集会場所は変わらず研修施設のホールだ。資産家令嬢こと五井英玲奈いついえれなが年間賃貸契約をしており、彼女自身も伊吹教信者からただの安藤子猫へと転身している。


 英玲奈自身にも気付かれずに操っていた老齢の女性は、もうこのホールに顔を出していない。子猫達が預かり知らぬところだが、警視庁公安部により身柄を拘束されている。

 それに伴い、彼女の息の掛かった人間達も姿を消すかと思われたが、ほとんどがただの安藤子猫として集まりに参加している。残っている者達は元々悪事に手を染めているような人間ではなかった事と、心からこの活動を楽しんでいる事が見て取れる為、現在は経過観察中である。


「はい、それでは安藤子猫協会会則その三は、『借金およびお小遣いの前借りをしてはならない』とします」


 清華がホール前方に立ち、ホワイトボードの前で皆に向かって立っている。その隣には書記係を務める協会員の女性がおり、ホワイトボードに会則その三を書き加えている。


 VividColorsヴィヴィッドカラーズから安藤子猫協会への非公式なお願いとして、安藤子猫の行動指針を制定してほしいという依頼が出された。

 例えば、すでに決定された会則その一、『衣食住足りて推し活をしろ』のように、副社長や安藤四兄弟、月明かりの使者にハマり過ぎて実生活に支障を来たす子猫に対して警鐘を鳴らす役割を担ってほしいというものだ。

 ちなみに会則その二は『手取り収入の四割以上を推し活に使ってはならない』である。


 この会則を破ったとしても、協会として協会員に対し罰を与える事はない。が、前身が伊吹教という宗教団体めいたものであった為、破ってしまったら何らかの方法で副社長に知られてしまうのではないかという謎の恐怖心に駆られ、破っても良いと考えている子猫はいない。


 清華が司会進行をし、子猫達が会則にすべきと思われる内容を発表し、皆で話し合った上で決定する、というような流れで会則その八まで決定された。

 ホワイトボードには決定済みの会則が記されている。



 安藤子猫協会会則十ヶ条


その一:衣食住足りて推し活をしろ


その二:手取り収入の四割以上を推し活に使ってはならない


その三:借金およびお小遣いの前借りをしてはならない


その四:学業、仕事を優先


その五:転売業者からのグッズ購入厳禁


その六:飲酒しての催し参加厳禁


その七:他の子猫、一般人、近隣住民に迷惑を掛けない


その八:献血・ドナー登録を強制してはならない



 清華と子猫達のやり取りを、一番後ろで寺沢てらさわ瑠奈るなが見守っている。瑠奈のスーツには小型カメラが取り付けられており、常に治が状況を確認している。

 瑠奈はVividColorsの広報担当として立ち会っている為、積極的な発言は控えている。


「それでは会則その九の選定に移ります。

 ……が、瑠奈さん。VividColors側としてこの会則を入れるべきである等のご意見はありますか?」


 瑠奈が小さく出した合図を受けて、清華が瑠奈へと質問を投げる。瑠奈が仕込んでいるインカムから、マチルダの声(を使った治)からの指示が出たのだ。

 瑠奈には高度人工知能である治の存在は明かされておらず、全てマチルダ本人からの指示だと思うように仕向けてある。


「そうですね……。

 今マスコミ関係者がなぎなみ動画の弊害として訴えている問題として、創作物を本気にしてしまう視聴者が増えているというものがあります。

 お恥ずかしながら、元々私は伊吹殿下を神であると妄信しておりました。そのままであれば創作物を現実であると誤認していた可能性があります。

 ですので、現実と創作物は違うのだと戒める為の会則があれば良いと思います」


 なぎなみ動画が登場して以来、テレビの視聴率がダダ下がりしており、それが面白くないマスコミはごぞってなぎなみ動画視聴者への注意喚起を繰り返している。

 批判や批難ではなく、注意喚起という点が小賢しい。悪く言っている訳ではなく、あくまでも注意を促しているだけ、という姿勢を見せているのだ。


「なるほど。それは確かに重要な会則だと思います。

 皆さんはどう思われますか?」


 清華の問い掛けに対し、特に意見が出なかった為、会則その九は『現実と創作物との区別をしっかり付けよう』に決定した。


「それでは最後の会則ですが、これについては聖巫女である舞花さんから発表してもらいたいと思います」


「ふぇっ!? 清華さん、その呼び名は止めて下さい!!」


 清華の冗談に、子猫達が口元を綻ばせ、瑠奈を含む数人は顔を赤くしている。もうこの場には聖巫女も大司教も狂信者もいないのだ。


「えっと、その……。

 私も清華さんも藍吹伊通あぶいどおり一丁目へ立ち入った事がありますが、副社長を実際にお見かけした事はありませんでした。

 そしてVividColorsへ採用された瑠奈さんも、お会いした事がないそうです。副社長は間違いなくこの世におられますが、そう簡単にお会い出来る存在ではない。

 その事がより副社長の存在価値を、存在意義を、存在理由を高め、より私達の憧れや興味、好意が高まるのだと思います」


 舞花はホール内の子猫達を見回して、一人一人に向けて語り掛ける。


「だからこそ、今一度私達は自身を戒めなければなりません。副社長と私達では住んでいる世界が違うのだと、本当の意味で認識する必要があると思うのです」


 それはある意味で諦めに近く、または崇拝にも似ている。が、今この集団は伊吹教ではなく安藤子猫協会。


「会則その十は、『神に触れる事は出来ないと知れ』です」


 そう舞花が口にした瞬間、ホール内は息を吸う音とため息を吐く音に包まれた。

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