藍吹伊通りの女達

 えいノ塔、VCスタジオにおいて、阿鼻叫喚の光景が広がっている。


「あばばばばばばばばばばばばばばばば……」

「ほげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」

「副社長半端ないってもぉーーーーーーー!」

「ヤバイ。副社長ヤバイ。マジでヤバイよ!」

「いやぁああ!! にゃああああああん!!」

「キタ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!」


 現在、なぎなみ動画で配信する予定の「VR副社長といっしょ」の制作中なのだが、制作チームの技術者達が叫びながらもそれぞれがしっかりと業務を進めている。


 残業と休日出勤を禁止とし、時間内に業務を終えなかった場合は制作チームから外される。

 また、一日六時間労働制で、二時間働いた後は必ず三十分の休憩を取らなければならない。

 二日出社したら一日休日という変形労働時間制を採用しており、なおかつ合間合間に有給休暇を取得するよう推奨されているので、彼女達は辛うじて人の形を保っている状態だ。

 皆が叫びながら仕事をしているので、あの部署は動物園なのかという他部署からの問い合わせも寄せられるほどだ。


 「VR副社長といっしょ」はVRヘッドセットを使用する事でより動画への没入感を体感出来るVR動画になっているが、普通のモニターやスマートフォンでも鑑賞可能な仕様になっている。

 VRヘッドセット自体は宮坂通信工業を主体として開発が進められている。


「副社長のお衣装を選択式課金制にして自由に仕立てられるようにと真智ちゃんから提案がありましたが、これについてはどうするのでしょうか?」


「恐らく副社長は選択式課金制に難色を示されると思うわ。でも、わざわざ別に作業工程を割いて用意するのだから、課金制の導入は当然であると主張するように言われているのよね……」


 選択式課金制とは、伊吹の前世世界で言うところのアイテム課金に相当する。

 VR動画と表現しているが、実質はVRゲームに等しく、副社長との会話や外出を疑似体験するゲームなので、副社長の衣装や外出先を追加オプションにして、収益を増やそうというのがマチルダの提案だ。

 しかし、マチルダの真の目的としては抽選式課金制の導入だ。いわゆるガチャであり、デジタルアイテムとガチャの相性が良い(悪い)事もあって、マチルダは何としてもこの世界に抽選式課金制による喜びを与えたいと考えている。


「あぁ、もう二時間経っちゃった……。

 休憩がてら聖地巡礼してきまぁーす」


「あ、私も行こうっと」


 「VR副社長といっしょ」の舞台として、藍吹伊通あぶいどおり一丁目が選ばれた。

 動画作成にあたり、伊吹が自由に動きやすい環境で撮影出来るという点と、世界中の安藤子猫達が憧れの藍吹伊通りの内部を疑似体験とはいえ自由に見て回れるという点が決めてとなった。

 VR上のCGなど、VCスタジオの技術者であれば用意出来るのだが、伊吹自身が本物を使った制作こそに意味があると訴えた為、本人による撮影が行われた。

 「VR副社長といっしょ」が発売される時点で、制作舞台裏としてなぎなみ動画に撮影風景が投稿される予定だ。


「あー、今日はまぼぶりの撮影の日だったか」


「あのコスすごく可愛いよねぇ。真智ちゃんのYoungNatterヤンナッターの画像も良いけど、やっぱり実物は違うわぁ」


 「VR副社長といっしょ」では、プレイヤーと副社長が一緒にお散歩するだけの動画(ゲーム)ではない。

 散歩する先で何かしら突発的なイベントが発生する仕様になっており、その中の一つに敵襲イベントがある。

 その敵襲から魔法防衛隊BrilliantYears、通称「まぼぶり」が副社長を助けに現れるという展開があり、現在その撮影中である。


「やば、ここにいたら映っちゃう」


「映りたいような映りたくないような」


 基本的に、藍吹伊通り内で働いている者達はあまり外に出ない。食料品店や雑貨、生活に必要な物はほとんど揃っており、スポーツジムやレストランなどの余暇施設も充実している。

 自分達は何と素晴らしい会社で働いているのだろうと、人に自慢したい気持ちになる。

 しかし、藍吹伊通り内で働いているのを知人や親戚に知られると非常に面倒な事が起こる。


 遊びに行きたい。副社長に会わせてほしい。VividColorsヴィヴィッドカラーズへ入社したいから口利きをしてほしい。お前より私の娘の方が優秀なのだから今すぐ代わるべきだ、などなどなど。

 外部の人間の藍吹伊通りへの入場は全面的に禁止されている訳ではないが、入場にはあらかじめ複雑な手続きを踏む必要があり、招いた人間が招く人間の保証人にならなければならない為、積極的に外部の人間を招き入れる者はいない。

 万が一があれば、自分が職を失うだけでなく、自分自身が藍吹伊通りから追放されてしまうからだ。


「不良中学生が下水道から侵入しようとして補導されたんだってね」


「そうそう、でも事前に柵を設置してたから大丈夫だったらしいね。

 でももし侵入出来たとして、そんな汚い身体でどうするつもりだったんだろ。汚物まみれで副社長に会えたとしても、文字通り汚いものを見るような目を向けられると思うんだけど」


「いやぁ、案外優しく抱き締めて下さるかもよ?」


「……あり得ないとは言い切れない」


「それにさ、副社長に冷たい目で見られるって想像するとさ……」


「分かるー」


 世間話をしつつ、二人は本社ビルへと戻るべく、歩みを早める。

 そう、彼女達が休憩を開始して、もうすぐ三十分が経とうとしているのだ。


「「さぁて副社長の為に働くかー!!」」

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