国賓を迎える準備

 五月に予定している第一回全国顔寄せ大喜利大会に合わせて、親交の深い国々から賓客を招く事となった。

 伊吹としては、国家行事として催しを進めていた訳ではないので、皇宮からの対応についてのお願いを聞かされた時は断ろうとしたのだが、式部しきぶ教子のりこつかさの姉妹からの強い勧めがあり、受ける事となった。


「準備期間としてひと月もありますし、普段から式作法を学んでおられる伊吹様なら問題ないですわ」


「とは申しましても、基本的には同じ空間におられるだけで十分なのです。来賓からの挨拶を受け、笑顔で頷かれるだけで良いのですわ」


 普段から伊吹は式部姉妹より国賓等の外国要人接遇に対する作法を学んでいる。

 が、あくまで実際に接遇をするのは伊吹親王妃いぶきしんのうひである藍子あいこ燈子とうこの役割となり、伊吹が積極的に動く場面はそうない。

 本来であれば同じく親王妃である美哉みや橘香きっかも同席するべきなのだが、妊娠中につき出席しない予定だ。


「藍子と燈子には負担を掛けっぱなしだなぁ」


「お二人はご立派に務められると思いますわ」


「えぇ、非の打ちどころがありませんもの」


 藍子は社長業を、燈子は役員として会社の業務に携わりつつ、学生として美大へ通っている。それらの時間を縫いつつ式部姉妹からの指導を受けているが、実際に国賓を招いたとしても問題ない程度まで作法を身に着けている。


「でも今回に限っては二人に任せっぱなしには出来ないだろうね。VividColorsヴィヴィッドカラーズ主催の催しなんだから、現場を仕切る必要があるでしょ」


「そうですね。本音を申し上げれば、伊吹様にご対応頂きたいと考えております。

 お招きする要人の中に、皇国と特に親交の深いアルティアン王国からお見えになる第二王女殿下がおられますので」


 アルティアン王国とは東欧に位置する国で、百三十年ほど前に起こったウイルステロを原因とした世界人口の激減の影響を間近で受けた国だ。

 その際、たまたま外遊で大日本皇国へ来ていた第一王女が避難先として日本にそのまま滞在し続けた。

 アルティアン王国国王が崩御し、男性王族が全て薨去こうきょした為、日本の皇族から種を得て世継ぎを出産。その後に帰国して、第一王女が女王となってアルティアン王国王家の滅亡を免れたという歴史がある。


「第二王女というと、マヤ・イノリ・アルティアン殿下か。確か僕と同じく十八歳だったっけ?」


 第二王女の日本語表記としての名前は、有手庵あるてあん伊乃里いのり摩耶まやである。

 国家存亡の危機を救われた恩を忘れぬようにと、アルティアン王家は女王に子種を与えた皇族、伊乃里の名を受け継いでいる。

 マヤは外見上、東欧人にしか見えないが、僅かではあるが日本人としての血が流れているのだ。


 教子がマヤの来日の本当の目的だと思われる事情について伊吹へと語る。


「恐らくですが、薄くなってしまった大日本皇国皇族の血をお求めになるのではないかと考えております」


 現在のアルティアン王家に流れている皇族の血は、伊乃里ただ一人分のみ。その後の世継ぎ達はアルティアン国内の有力貴族との婚姻をして来た訳だが、近年になってある重大な問題が浮上してしまった。


「アルティアン王国は国土が日本の半分程度。人口に至っては五分の一以下です。

 国内の男性の数が非常に少なく、今後は人口の維持が危ぶまれているのです」


 世界各国で人口維持について様々な対策や施策が行われており、大規模な移民などを求められる状況ではない。

 現に、人口を維持出来ずに他国へ吸収されてしまった国もたくさんある。


「男性皇族と言うと、現在ではお父様か僕か伊緒いおくらいか。

 でも、子供が出来たとてその子が男である可能性は低いよね。他に目的があるって事?」


 伊吹の問い掛けに対し、司が大きく頷いて答える。


「ご明察です。

 例え御子が女子であったとしても、皇族の血を引く子供が住む国を、大日本皇国としては見捨てる事は出来ません。

 恐らく日本政府へ人工授精用の子種を求めるでしょう。それに対する対価としては……」


「銅や希少な鉱石ってところか。日本は大陸で膨大な資源を押さえているとはいえ、他から回してもらった方が安くて手間が掛からず安全で環境にも優しいもんね」


 教子と司は伊吹の推測に同意し、拍手をして伊吹を褒める。

 気を良くした伊吹がさらに推測を繰り広げる。


「すでにご先祖様が手を貸している以上、今さら知らんとは言えないよね。第二王女ってのもなかなか良い線だなぁ。

 王太女おうたいじょである第一王女ではなく、第二王女を寄越してくるのは、日本に接近し過ぎませんよっていう世界への意思表示でしょ」


 どう? と二人へ目線を投げるも、教子と司は人差し指で×を作って伊吹へ見せる。


「ん? 違った?」


「はい。第一王女殿下はすでに世継ぎを得るべく励んでおられますので……」


 すでに他の男に穢された女を大日本皇国の皇族の元へ送る訳にはいかない、という事である。


「そっちかー。僕自身が気にならないとはいえ、一般的な考え方としては正解になるんだよね?」


「その通りです。

 ですが、伊吹様。一つ重要な事をお忘れですね」


 教子が伊吹へ、見逃している点を指摘する。


「伊緒殿下はまだお披露目を受けておられませんので、マヤ殿下のお相手は皇太子殿下か伊吹様になります」


「あぁ、そっか。奥さんがご懐妊だとはいえ、安定期になるまで結婚の儀が出来ないもんね」


 伊吹の弟である伊緒は、伊吹の助言を受けて意中の相手と励み、無事子供を授かった。

 第一夫人をその意中の相手と定めたのだが、国民への披露は安定期に入ってからを予定しているのだ。


「そして、皇太子殿下は伊吹様へお勤めをお任せされるでしょうね」


「結局そうなるのか。

 お姫様への種付け業務とか、どこのラノベの主人公だよ……」

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