華僑の影

 伊吹教へ潜入者を向けてから数日。情報は着々と集められているが、伊吹教自体には目立った動きはない。

 瑠奈るな舞花まいか藍吹伊通あぶいどおり一丁目内にて保護されている事は、伊吹教には伝わっていない。

 舞花と共に皇宮外周を歩いていた大学の同期達は、瑠奈が新人研修にて騒動を起こす前に伊吹教への出入りを止めているのと、瑠奈自身が伊吹教から破門されているので、伊吹教の現信者達との関わりが薄い為である。


 きょくノ塔、大会議室にて伊吹教対策本部の面々が潜入者からの情報を元に、今後の対応について話し合っている。


「研修施設を一年も契約している事から、長期に渡る活動計画を立てているのではないでしょうか?

 今後の活動の邪魔になる可能性の高い寺沢てらさわ瑠奈るなを早めに排除したが、VividColorsヴィヴィッドカラーズに採用されており別で騒動を起こしてしまい、伊吹教がとばっちりを受けた、という事では?」


 智紗世ちさよが集められた情報を整理している。


「寺沢瑠奈と仲の良い人達以外には採用されたと嘘を吐いていると認識されていたくらいだし、伊吹教構成員の身元調査とかも出来てなかったんだろうね」


 伊吹は伊吹教自体がまだ裏の活動を進めるほど準備が進んでいないのだろうと推測している。


「ちょっと遅くなった、すまないね」


 大会議室へ福乃ふくのが遅れて入って来た。


「いえ、大丈夫ですよ。現状それほど大きな問題に直面していないので」


「いや、それがねぇ。どうも裏にいるのが私の知り合いらしくてねぇ。

 これから大きな事をしでかそうしているようなんだよ」


 福乃が独自の情報網を用いて伊吹教に関して調べさせたところ、背後にいるのがマレーシアの華僑ではないかという手掛かりを掴んだ。

 福乃へAlphadealアルファディールの株を安く買い叩かれたり、伊吹の入院をきっかけに日本株を売り浴びせた事で大損害を被ったりと、何かと逆の動きを見せる例の大富豪である。


「何でそのお知り合いが伊吹教を乗っ取るような事を?」


 智枝ともえが福乃へ問い掛ける。口調は冷静そのものだが、その表情は怒りに染まっている。


「落ち着いて、智枝。お腹に影響するよ?」


 伊吹が自らの膝の上へと誘い、智枝の背中を撫でてやる。


「伊吹様の入院を理由に日本株を売りで攻勢を掛けたが、結果はガンの切除成功、早期退院、政務への早期復帰が発表され、前よりも平均株価は上がった。

 それで大損害を出したのを逆恨みしたんじゃないかい?

 で、ならば最初から株価が下がる原因を自分で作ろうって魂胆だろうよ」


 Alphadeal株にしても、伊吹の入院にしても、自分の予測が外れた原因は伊吹のせいであると逆恨みをし、伊吹の名前の付いた宗教団体を暴走させる事で伊吹を貶めて、結果的に日本株全体が下がる要因へとしてしまおうという考えだ。


「株ってそんなに簡単に操作出来るのか?」


「それいっくんが言う?」


 伊吹の呟きに、素早く燈子とうこがツッコミを入れる。マチルダが燈子へ親指を立ててウインクするが、燈子は何の事か分からず頭を傾げている。


「で、おば様の知り合いの華僑が黒幕だとして、対策本部としてはどう動く?

 正面から批判しても認めないだろうし、別の団体を用意して同じ事を計画する可能性もある。

 だからといって放置も出来ない、と」


 藍子としては、黒幕が誰であろうが、伊吹教をまとめて排除したいと考えているが、伊吹の名前が入っている世間に認知されている団体をVividColorsが排除したと受け取られるのは得策ではないと感じている。

 

「イブイブが全員抱けばええんちゃうの?」


「勘弁してくれ」


 マチルダの投げやりな提案に対して、伊吹が拒否感を示す。


「何でもかんでも抱いて解決なんて無理なんだよ。抱かない方向で考えよう」


「ほなとりあえず寺沢瑠奈と梅垣うめがき舞花まいか阿藤あとう清華さやかを呼び出して、伊吹教が他国からの浸食を受けているから何とかするようにってイブイブの口から使命を与える?」


「その何とかを考えてるんじゃないのか?」


 ぶーっ、とマチルダが拗ねてみせる。対宗教団体という、元日本人転生者にとっては繊細な話題において、少しでも明るい雰囲気で話し合いたいと、マチルダなりに気を回しているのだ。


「問題! 伊吹教にあってほしい教義。どんな教義?」


「突然大喜利かよ。

 うーん、収入の二割以上課金してはならない」


 突然始まったマチルダと伊吹のやり取りを、大会議室にいる全員が見守っている。


「次キャリーたん!

 伊吹教にあってほしい教義。どんな教義?」


「私!?

 えっと……、顔寄せ大会参加の為に会社全体で公休扱いにしなければならない」


「次智紗世ちゃん!

 伊吹教にあってほしい教義。どんな教義?」


「転売業者から買ったら破門!」


「次あーちゃん!

 伊吹教にあってほしい教義。どんな教義?」


「伊吹以外の存在から影響を受けてはならない」


「うわぁ、ちょっと重いなぁ」


 藍子が無表情でそう答えた為、マチルダが引いてしまった。


「でも今の教義、使えるんじゃない?

 大喜利の問題としてじゃなくて、実際に潜入してる人達から働きかけてもらって、今の冗談みたいな内容を本当に教義の中に入れてもらうの。

 そしたら、傍から見れば伊吹教というよりも安藤子猫あんどうこねこが仲間内でわいわいやってるだけの団体だっていう見方をされるんじゃない?」


「なるほど。そうすれば華僑からの影響力を抑えつつ、団体を解散させる必要もなく、子猫達が安藤家のグッズで散財しないよう歯止めも掛けられる、と。

 いいんじゃない?」


 燈子の提案に対して、伊吹が賛成を示した事で、伊吹教対策本部の今後の方向性が見えて来た。


「ほらな、やっぱり大喜利は世界を救うねん!」


 マチルダは問題解決のきっかけを与えたと喜んでいるが、母親であるメアリーは頭を抱えていた。

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