潜入者達のお仕事
前者の二人はお互いを知っているが、公安部からの潜入者については存在そのものを知らされていない。
また、公安部からの潜入者は前者の二人の顔写真と簡単な経歴を把握している。必要ならば接触する可能性はあるが、基本的には別行動を取る事になっている。
「瑠奈さん、せっかく
「ねー。考えられないわ。私なら絶対に問題行動を起こさないわ」
場所は伊吹教の教会と呼ばれる集会場所。
板の間の広い部屋一室に、五・六十人の女性達が思い思いの場所に直に座り、仲間内で会話している。
話題の中心は瑠奈について。
伊吹教の信者であった瑠奈が、VividColorsへ入社する事が出来た。そこまでは良いニュースなのだが、研修中にある問題を起こしたらしい。しかも、その際に伊吹教の名前を出したそうで、伊吹教の代表者である
「だから大司教様は瑠奈さんを破門なさったのよね、ご判断は正しかったのよ」
「以前から阿藤さんの方針に従わない節があったもんね」
現在の伊吹教の代表者、阿藤清華の事を大司教と呼ぶ者、阿藤さんと名前で呼ぶ者といて、統一感がない。
潜入者達は、伊吹教を裏から操る者達が内部を統制出来ていない、もしくはあえて統制していない事を確認した。
「私達はただ、伊吹殿下の安寧を祈ってるだけなのに、瑠奈さんが伊吹様を全宇宙の唯一神とする伊吹教だとか何とか言い触らすから……」
「ねー、周りの目が痛いよね。まぁ副社長のコスプレしてたらあんま気にならないけど」
「今日も藍吹伊通りの周りを歩いて副社長の存在を感じたかったなぁ……」
清華がVividColorsから呼び出しを受けた為、彼女の判断で教会外での活動を一時休止としている。伊吹からの不興を買わないようにする為だ。
集団で同じコスプレをして、同じ行動をするという楽しみを覚えた彼女達にとっては、教会内でお喋りしているだけでは物足りないのだ。
「このままでは週末の顔寄せ大会金沢場所でのご奉仕活動が出来ないわねぇ……」
「貴女は前回の名古屋場所まで行かれたんですか?」
潜入者の一人が、ご奉仕活動と口にした女性へと問い掛ける。その女性は四十代ほどの見た目で、ふっくらとした体型の淑女だ。
「あぁ、貴女は最近入った人よね?
もちろん名古屋まで行ったわ。伊吹殿下を敬愛する仲間達の助けになりたいと思ったのよ」
目を目を爛々とさせながらそう語る女性。質問した潜入者は、大きく頷いてみせる。
「でも、皆が皆、同じように新幹線を使って名古屋や金沢へと行く必要はないのよ?
ただ、私がそうしたいと思ったからしただけ。
ふふっ、もしかしたら私の姿が殿下の目に映るかも、という下心もあるのだけど。まぁ、万が一映ったとしても、お面を着けたコスプレ姿ですけどね」
そう語る淑女の目には、瑠奈の目に映った狂気的な何かを感じられない。潜入者は、この淑女は本当に純粋にしたいからそうしただけなのだろうと思った。
「私なんかはその程度よ。見習うべき敬虔な信者はあちらにおられるわ。
ほら、あの奥に座っておられるお方。ニコニコと人の話を聞いておられるけれど、あのお方こそがこの研修施設のホールを年間契約で貸し切って伊吹教へ教会として開放している資産家令嬢なのよ。
あまり大きな声で言うと、ご本人が嫌がられるだろうからここだけの話にしておいてね?」
そう淑女は言うが、声が大きくて周りの女性達に筒抜けになっている。そのお陰で、質問者以外の潜入者二人も、資産家令嬢と呼ばれた女性の確認が出来た。
淑女が先ほどよりも声を潜め、潜入者へと語り掛ける。
「ここだけの話だけど、この伊吹教の代表者はあの資産家令嬢であるべきだと私は思うの。
自己主張をされないから、ここを用意したのが自分であるとは言い出されないし、私も少しだけどお金を渡そうとしたのだけれど受け取って下さらなかったのよね。
それくらい控えめであるべきだと思うの。阿藤さんを大司教と呼ぶ人も多いけど、私はそう呼ぶ気にはならないわ。
そもそも伊吹殿下を慕う集まりなのに、キリスト教の位階を用いるなんておかしいと思わないのかしらねぇ」
「ご本人も自ら大司教と名乗っておられるのですか?」
「いいえ、そこは弁えていらっしゃるわ。自ら大司教であると名乗った事はないはずよ。
でも、大司教と呼び掛けられて返事はされているし、逐一否定もなさらないのよねぇ。満更でもないといったところじゃないかしら」
淑女の視線の先には阿藤清華が座っており、VividColors関係者に呼び出されたという話を皆にせがまれて聞かせている。
少し困った表情の中に、少しの喜びの色が混じっているのを潜入者は感じ取った。
「この教会に集まり出したのはどれくらい前からなのですか?」
「まだ二週間程度かしらねぇ。それなのに、年間契約って思い切った事をなさるわよねぇ」
伊吹教を裏で操ろうとしている勢力は、まだまだ内部統制に時間が掛かるであろうと潜入者は判断した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます