今後の対応

 寺沢てらさわ瑠奈るなVividColorsヴィヴィッドカラーズの新人研修で問題を起こした事により、VividColorsが伊吹教と呼ばれる集団を認知した事が伊吹教へと伝わってしまった。

 その為、瑠奈と瑠奈が聖巫女と呼ぶ梅垣うめがき舞花まいかの身に危険が及ぶ可能性があるので、藍吹伊通あぶいどおり一丁目内にて保護する事となった。

 瑠奈は新人研修で問題を起こした後からずっと軟禁された状態で、舞花は智紗世ちさよが弁護士事務所から藍吹伊通り一丁目へと連れて来た。

 二人には瑠奈に与えられていたマンションで待機するよう伝えてある。外出は自由だが、常に監視兼護衛が着くと説明済みだ。

 瑠奈は自分の部屋に舞花を喜んで招いていたのだが、瑠奈と特に仲が良い訳ではない舞花が難色を示した為、部屋は別々にしてある。



「事が起こるのが早過ぎて、伊吹教内に潜入させた人員からは何の報告もないんですけど」


智枝ともえがお腹を撫でながらそう呟いた。

きょくノ塔、大会議室には引き続き伊吹教対策本部が設置されており、瑠奈と清華さやか、そして舞花から話を聞いた上で、今後の対応を話し合っている。


「でも寺沢てらさわ瑠奈るなVividColorsヴィヴィッドカラーズに入社して、その新人研修で問題を起こして、それを理由に代表者である阿藤あとう清華さやかが事情を聞かれたって事で、内部で何か動きが起こりそうじゃない?」


 伊吹いぶきも智枝のお腹に手を置いて、ゆっくりと撫でる。その手に智枝の手が重ねられる。


「智枝さん、部屋で休んでなくて良いの?」


「お気遣いありがとうございます、奥様。ですが、大丈夫ですので」


 藍子あいこが智枝を気遣うが、本人が出産ギリギリまで働くつもりである事は周知の事実だ。

 藍子の気遣いの中に、若干の羨望が含まれているような気がしたので、伊吹は後でフォローしなければと思った。


「今のところはっきりとしていない点なのですが、梅垣舞花を聖巫女と呼び始めたのは寺沢瑠奈で間違いないですが、寺沢瑠奈は阿藤清華の事を大司教と呼ばれていると表現しており、阿藤清華自身も大司教と自称した事はないと言い切っています。

 つまり、阿藤清華を大司教と呼び、担ぎ上げた人物が裏で糸を引いている黒幕である可能性が高いです」


 全員と直接面談した智紗世ちさよが伊吹教の内部事情をまとめる。

 伊吹としては、瑠奈が問題を起こしただけであれば伊吹教自体を放置しても良かったのだが、何やら伊吹教という入れ物を悪用しようとしている人物や団体がいるのではないかという疑惑が生まれた為、放置するという訳にもいかなくなってしまった。


「阿藤清華が教会内で何を話すか、潜入させている者からの報告を待つしかなさそうだね。

 ちなみに、今日も伊吹教は藍吹伊通あぶいどおり一丁目の外周を歩いたのかな?」


 燈子とうこの疑問に対して、ディスプレイに映る治が答える。


『いや、今日は歩いていないな。監視カメラに一切映っておらん』


「治お兄様、伊吹教関係者のスマホをハッキングして会話を盗聴する事は可能なの?」


 マチルダが治へと質問を投げる。


『それは出来ん。そういうアプリを事前に仕込んでおく必要がある』


「ふーん、って事はVividColors謹製スマホを発売すれば、世界中のスマホユーザーの情報を抜き取り放題に出来るって事?」


『理論的には可能だが、それだけの処理能力を用意する必要があるぞ?

 今のデータセンターではとても追いつかん』


 マチルダと治のやり取りを見て、福乃ふくのがデータセンターさえあれば良いのかと燈子に確認するが、燈子は苦笑してまた今度ね、と答えている。


「スマホの話もデータセンターの話も別の機会にするとして、伊吹教を裏で操ってる人物が何を目的としているかを考えてみよう。

 寺沢瑠奈が入社したのはたまたまだったとして、伊吹教信者をVividColors内部へ潜入させようとしている、とか」


「そもそも伊吹教という名前を世間へ周知させた事で、ほぼ目的は達成出来ているのではないでしょうか?

 伊吹教というご主人様の名を冠する団体があると知れば、自分も参加したいと思う女性がいても不思議ではありません。その中に寺沢瑠奈のような女性が含まれており、あの狂信的な思想を裏で操る誰かに利用されてしまえば、伊吹教という集団が社会に害をなす行動を起こしても不思議ではありません。

 すぐにでも生配信で伊吹教の存在を否定すべきと考えます」


 智枝が自らの想いを口にする。伊吹の名を汚す恐れのある団体を、認めたくないという気持ちが強く感じられる。


「害をなす行動って、例えば?」


「皇宮を取り囲んで、伊吹親王殿下こそが次の皇太子に相応しいと主張する、などです」


 伊吹の質問に智枝が答える。

 伊吹教信者全員が瑠奈のようなぶっ飛んだ思考の持ち主ではないと仮定しても、あり得ないとは言い切れない予測だ。


「普通の国民であれば、皇王や皇太子は国民が選ぶような存在ではないと理解しているはずだけど……」


 この場にいる全員が、伊吹が次の皇太子になる事はないと知っている。が、一般国民からすれば、次の皇太子は伊吹かもしれないと思っている層は多い。

 未だに伊吹の弟である伊穂いおの存在が公表されていないからだ。

 通常、男性の皇族の存在は、その皇族の生殖能力が確認されるまでは非公開とされている。


「どちらにしても、完全に否定してしまうと伊吹教という集団が暴走する可能性があるからなぁ。

 皇宮警察を通じて警視庁へ情報提供して、それとなく見張ってもらうのが最善じゃないかな。

 皇宮警察としてはどう思われますか?」


「仰る通り、必要以上の反応を見せるのは危険が伴います。監視に留め、それ以上の対応が必要かどうかは警視庁の専門部署に任せるのがよろしいかと思われます」


 伊吹に問い掛けられた警察官が伊吹の考えに同意した為、もうしばらくは静観する事となった。


「伊吹教とは別に、新人研修生の中に訓練された潜入捜査官のような振る舞いを見せる人物が二人ほどおりました」


 皇宮警察所属の警察官が、伊吹へ潜入捜査官について言及する。


「……と、仰いますと?」


「例の女性が副社長役の栗田くりたさんに掴み掛ろうとした際、咄嗟に身構えた女性が二人いたのです。

 軍隊や警察機構などで訓練を受けた人間は、緊急時に取る姿勢や反応などから、割と判別がつきやすいのです」


 伊吹は警察官から、潜入捜査官である可能性が高い女性二人について、詳しく話を聞くのだった。

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