聖巫女

 阿藤あとう清華さやかとの面談が終わり、清華が弁護士事務所を辞した十五分後。約束の時間通りに梅垣うめがき舞花まいかがやって来た。

 先ほど清華が座っていた場所に座るよう案内し、舞花との面談が始まった。

 智紗世ちさよはまず、今回舞花を呼び出した原因となる寺沢てらさわ瑠奈るなの新人研修時の異常な行動について説明した。

 黙って話を聞いていた舞花は、ずっと青い顔をして震えていた。


『貴女が伊吹教を始められたとお聞きしたのですが』


 舞花は黒を基調とした服装で、化粧も最低限で済ませている印象。アクセサリーはケッコン指輪を嵌めている以外、身に着けているものはない。


『あの! まず私から弁明させて頂いてよろしいでしょうか!?』


 立ち上がらんばかりの勢いで、舞花が説明を始めた。


『私は伊吹親王殿下を敬愛していますし、副社長の事も大好きです。安藤家あんどうけ四兄弟の生配信も見ますし、コメントもします。ねぇちゃんねるに書き込んだり、月明かりの使者のライブも必ず拝見しています。

 ですが! だからと言って伊吹教なんていう宗教を立ち上げようなんて思った事ないんです!!』


「立ち上げようと思った事がない……?」


 智紗世と舞花のやり取りをディスプレイ越しで観察している伊吹が、舞花の表現の仕方に引っ掛かりを覚えた。


『ですが実際に伊吹教という集団が出来ていますよね?』


『違うんです! 私はただ入院されている伊吹殿下のお近くに行きたかっただけなんです。大学が皇宮に割と近いので、講義が終わった後にお散歩感覚で、皇宮の周りを歩いていただけなんです。今、確実にあの辺りにおられるのだと思うと思いながら、ニヤニヤしていただけなんです……』


 舞花は顔を真っ赤にしながら、自らの行動の理由を説明する。客観的に見て、自分の行動が恥ずかしい事であると思っているのだろう。


『お気持ちは分かります。近くに行けば、会えるかも知れませんもの』


 続きを話しやすいようにと、智紗世が舞花の気持ちに対して同意してみせる。


『会えると思っていた訳じゃないんです!

 ただ何となく毎日続けていて、それを友達にぽろっと言っちゃったんです。

 この後どうするのって聞かれたので、皇宮の周りを歩くんだって……』


 大学の友達に皇宮の周りを散歩していると話した結果、散歩仲間が増えた。そして、友達と少人数で散歩していると、瑠奈と出会ったのだと話す。


『皇宮の外周を歩いている途中に瑠奈さんに声を掛けられまして、何の集まりかと聞かれました。正直に答えるのが恥ずかしかったので、殿下に力を送る為に外周を歩いていると、冗談のつもりで答えたんです……』


 その冗談が、厨二病患者予備軍であった瑠奈の厨二心に火をつけてしまい、どんどん話が大きくなっていったと説明する舞花。


『私は神に仕えし巫女である、前世から殿下をお守りしているんだって言い出して、どんどん変な事をつけ足していったんです。

 それを面白がった同期達が仲良くなって、それから毎日八人で皇宮の周りを歩く事になったんです。

 初めは本当に歩くだけだったんですが、安藤真智あんどうまちちゃんのYoungNatterヤンナッターのコスプレ画僧が大好きな友達が、次歩く時は副社長の格好して歩こうって言いだしたんです』


 最初は戸惑っていた舞花だったが、集団が形成され、皆で同じ格好をして同じ行動をする事により仲間意識が芽生え、なおかつドット絵のお面を着けている事で顔を隠しているという匿名性がさらに歯止めが効きにくくなっていく。


『気付けば五十人規模の集団になっていました。ですが、私は伊吹教なんて大それた名前を付けた訳ではないですし、皆を集めて説法とかをした訳でもないんです。

 瑠奈さんが私の事を聖巫女って呼んでたのも冗談の延長線上だと思ってたんです。

 だから阿藤さんが代表になったからといって何の不満もないんです』


『ちなみに梅垣さんの天巫女名あまのみこなは?』


『かかか勘弁して下さいっ! そんな恥ずかしい名前名乗れません!!』


 舞花は厨二病を発症していないようで、嬉々として天巫女名を名乗ったりはしていないようだ。


「名乗れないだけで、あるにはあるみたいだね」


 伊吹が苦笑するが、智紗世はそれ以上は聞かずに話題を変える。


『梅垣さんは教会と呼ばれる集会場所へは行かれているんですか?』


『何回は行きましたが、途中で怖くなって来て、行くのを止めました。

 最近は全く活動に参加していません。殿下が退院された後、藍吹伊通あぶいどおり一丁目を歩くようになったみたいですが、私は藍吹伊通りの周りを歩いた事はないです』


『何か活動を止めるきっかけがあったんですか? 寺沢さんみたいに、破門になったとか』


 いえいえ、と舞花は顔の前で右手を振って否定する。


『違和感があるんです。私がきっかけで始まった集まりであるとは言え、集団が広がるのが早過ぎる気がするんです。

 活動に何の収益性もないのに、自分は資産家だからと集まる場所を提供してくれる人が現れたり、参加無料の食事会に呼ばれたり……。

 あっ、食事会に参加した事はないです。何か変というか、怖いなって感じたので。

 瑠奈さんにも大学の同期にも、絶対におかしいから参加しないようにって言いました。多分大学の同期達は行ってないと思います』


「集団が完成してから乗っ取った訳じゃなくて、集団を形成する理由を盗られた感じかな」


 これまでの舞花の話を聞き、伊吹がそう予想する。


「どういう事?」


 燈子とうこにはまだ全容が掴めていない。


「副社長のコスプレで皇宮の外周を歩く集団がいた。歩いている理由はどうやら、殿下の健康祈願と自分達の力を送る事らしい。

 そう第三者から見られている集団に別の集団が入り込み、その理由を隠れ蓑にして何か別の事をしたいんじゃないかな。

 例えば、伊吹殿下の名前を冠している宗教がヤバい、という注目のされ方をして、僕やVividColorsヴィヴィッドカラーズの評判を下げさせたい、とか?」


「目的が何かは分からないにしても、最初に皇宮を歩くという行動を始めた本人である梅垣さんが伊吹教立ち上げを否定している以上、別の集団が入り込んで乗っ取ったってところまでは合っているような気がするね」


 藍子あいこが伊吹の予想を支持した。


「顔寄せ大会でビニール傘を配ったりとわざと目立つ行動をした上で、注目を浴びた後に何か問題行動を起こす事で、間接的にご主人様への悪印象を植え付けようという魂胆ですか……。

 絶対に許すべきではないですね、今すぐ潰しましょう!!」


「どうどう」


 伊吹は怒りで興奮し出した智枝ともえを宥めつつ、今後の対応について考えるのだった。

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