狂信者
副社長の格好をしていた女性、宮坂警備保障の上級職員である
栗田が着けていたドット絵のお面は部下が回収済みだ。口元に高度人工知能が音声を発する為の無線通信機が付いているので、割と希少品である。
「ふぅ……。
さて、驚いているのは四分の一もいないな。さすが
VividColorsが事業規模を拡大して以降、都度都度人材の採用を行っていたが、今回初めて大人数の同時採用を行い、新人研修を実施する事となった。
当初、男性経営者の元で働く事に慣れる為の研修を自分が担当すると申し出た
世界中から集まった超優秀な人材が、男を見ただけで興奮して自制出来なくなる事などないだろうと考えた伊吹だったが、結果は先ほど副社長役を務めた栗田が襲い掛かって来た女性を制圧した通りである。
男を見るという事と、世界中の女性が憧れている副社長を見る、という事の差異を、自覚すべきであると栗田は伊吹へ苦言を呈していた。
「お待たせしました」
「
智枝は正式な診断はまだであるものの妊娠初期の兆候が見られる為、栗田が新人研修生の前に立たせるべきではないと判断した。先ほど一人取り押さえたとはいえ、仲間がいないとは言い切れないからだ。
「現在、自称伊吹教信者と面談中です。場合によっては皇宮警察へと引き渡す予定です」
「そうですね、副社長の格好をした人に対して襲い掛かった訳ですもの」
栗田から見て、自分を副社長であると信じていた研修生は少ない。鋭い洞察力の為か、新人研修に伊吹が立ち会うはずがないという思い込みの為か、現状では判断がつかないが、その事については栗田が考える必要はない。今も研修会場に残っている先輩職員達が判断するはずだ。
「お姉様。ご主人様にご報告する為、私も面談に参加します」
自称伊吹教信者の女性に対して、実質的な取り調べが行われているのだが、宮坂警備保障は捜査機関ではない為、面談という表現を用いている。
「そうね……。
あぁ、栗田さん。面談場所を変更してもらっても良いですか?
場所は、この塔の上の階です」
『初めまして。副社長の執事を務めております、
『おぉ! 神に仕えし巫女にお会い出来るとは!! 私の現世での名は
伊吹が考案したラブホ風個室の中に、一面の壁が全てマジックミラーになっている部屋がある。
伊吹教信者の面談という名の取り調べの場所をそのマジックミラー部屋へと移し、智紗世が直接話を聞き、智枝がその様子をマジックミラー越しに観察している。
「これは……、どのような赴きの部屋なのでしょうか?」
「それはまた後日お話しましょう」
智枝がマジックミラー部屋に驚いている栗田に苦笑しながら答える。智枝もいまいちこの部屋の良さを理解し切れていないのだ。
『天巫女名、ですか』
『はい! ご存じかとは思いますが、伊吹様を全宇宙の唯一神とする伊吹教、その信者の魂の名です。皆が伊吹様の為に生まれ、伊吹様の為に生き、伊吹様の為に死んで、伊吹様の為に生まれ変わる。これがこの宇宙の摂理ですが、あまりの重大な使命に対して魂に負荷が掛かり通常であれば生まれ変わる前に記憶を失ってしまうですがより伊吹様の存在に近い巫女の魂は記憶が刻み込まれている為に何度生まれ変わっても忘れる事がありません私が前世を生きたのはちょうど二百年前幕末の動乱に心を痛められた伊吹様が……』
「……頭が痛くなってきました」
「……ご無理なさらぬように」
智枝は
しかし、マジックミラーの向こう側で嬉々として語っている女性は危険だ。目の焦点が合っておらず、口角には唾の泡を付け、身振り手振りで如何に自分が伊吹様という神を敬愛しているか、神に選ばれた自分がどれほど尊い存在であるか、現世を清浄へ導こうとする伊吹様がどれだけ慈悲深いかを語っている狂信者。
確かにこの女性なら、何をしでかすか分からない。警察へと引き渡すべきである。
智枝は目の前の女性に対してはそう判断したが、伊吹教全体に対しては、扱いが非常に難しい。
良くも悪くも全世界から注目を集めている伊吹の、その名を冠した宗教。伊吹が望んだ事業を次々に展開させ、さらに拡大している真っ最中である。この件が足を引っ張ってしまう可能性がある。
「
『耳に取り付けたインカム経由で智紗世お母様へ助言した。まずは伊吹教の実態を聞き出すように、と。
あの女性が伊吹教内部でどのような立ち位置にいるのか、彼女の話す内容が伊吹教の主張通りなのか、VividColorsへの入社は伊吹教の指示によるものなのか。
それを調べない限り、正しい対処法など選択出来んのでな』
★★★ ★★★ ★★★
ここまでお読み頂きありがとうございます。
祝二百万PV、感謝!!
今後ともよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます