新人職員研修後半戦

「さて、VividColorsヴィヴィッドカラーズグループの目的は、世界を次の次元へと引き上げる事。

 例えば、検索すれば世界中の情報が閲覧出来るようにする事。例えば、人類全員をクリエイターにする事。例えば、ゲームの中、映画の中に入り込めるようにする事。

 全ての人に、楽しいを届ける事」


 副社長が畳に座っている新人研修生達の間を縫うように歩きながら話している。

 研修生達は事前に、目を閉じるように先輩職員に言われた為、誰もがぎゅっときつく目をつむっており、副社長の姿を追うものはいない。


 副社長は座っている研修生の髪に触れたり、肩に手を置いたり、目の前に座って耳元で語り掛けるなど、研修生達を揺さぶりをかける。


「私達の目的は、世界中の女性からお金を巻き上げる事ではありません。世界中の女性へ愛を、喜びを、楽しい時間を届ける事です。

 貴女方にとっての喜びとは、楽しい時間とは何でしょうか? それぞれ想像してみて下さい」


 研修生達がそれぞれ目を閉じながら想像する。自分は何をしていると嬉しいだろうか、何をしている時に楽しいと感じるだろうか、と。

 そんな研修生の中の一人の左手首を掴み上げ、副社長が心拍計を眺める。


「ドクドクドクドクドクドク。

 随分早いですね? 一体何を想像しているんですか?」


「ひぃぁっ!?」


 副社長に耳元で問い詰められ、思わず声を上げてしまう研修生。心拍数がさらに上がり、研修生は胸を押さえて苦しそうにしている。


「大丈夫、副社長はもう行かれたわ。落ち着いてゆっくり大きく深呼吸をするのよ」


 先輩職員が胸を押さえて苦しんでいる研修生に声を掛け、落ち着くよう諭す。

 檀上に立っていた別の先輩職員が研修生全員に向けて声を上げる。


「VividColorsグループの目的は先ほど副社長が仰った通りです。ですが、全ての人に楽しいを届ける事が仕事である我々は、業務中においては自分の楽しい、嬉しい、幸せ、などの感情を抑える必要があります」


 研修生達が息を呑む。世界中の女性が憧れる副社長が近くにいる。なのに、触れる事は許されない。そういう話をされているのだと気付く。


「もちろん業務時間外の私的な時間であれば、抑える必要など皆無です。

 が、業務中においては会社の目的の為、全ての人に楽しいを届ける為に、その身を捧げるのです!!」


 研修生達がぐっと拳を握る。何とも崇高な目的であろうか!

 自分達はとても尊い目的の為に集まった、選ばれし精鋭なのだ!

 この身を副社長へ捧げ、その目的を達成する為にこの心臓を捧げるのだ!!


「えー、それって面白くなくないですか?

 人を楽しませる為に自分が我慢しろって? 何で? そんなの何が良いんですか?」


 研修生達の精神が高みへと次元上昇しようとしているのを邪魔したのは、研修生達が心臓を捧げると決めた副社長本人だった。


「皆さんに求めるのは、あくまで業務時間中に与えられた業務をこなせる能力。そして仕事を任せられる信頼感。

 滅私奉公なんて求めていません。定時になったら帰って、決められた有給を使い切り、休日は仕事の事など考えずにやりたい事をして過ごす。

 私はそういう働き方を求めています」


「お言葉ですが副社長!

 貴方はお休みも取られず毎日生配信や企画立案など働きづめではないですか!?

 そんな貴方に休めと言われても納得出来ません!!」


 檀上の先輩職員が副社長に抗議する。副社長と同じように働きたいと直談判を始めた。


「私はこの会社の副社長、代表取締役です。私がしているのは労働ではなく、投資活動の一環なので働いている訳ではありません」


「いいえ、それは詭弁です!

 会社の一番偉い人が一番動いておられるのを見て、じっとしていられる社員など社員ではありません!

 私達は貴方の役に立ちたいからこの会社に入ったのです。貴方を支えたい、貴方がしたい事を手助けしたい。そう思ったからここにいるのです!

 研修生の皆さん、そうですよね!?」


「「「「はいっ!!」」」」


「はい、今回は四人でしたね。喋っちゃダメって忘れてしまいましたかー?」


「「「「あっ……」」」」


 檀上で熱弁し、副社長に食って掛かっていた先輩職員が表情をガラリと変え、この研修内容を思い出すよう研修生達に諭す。

 研修生全体に目を開けるよう指示し、檀上から研修生達へ語り掛ける先輩職員。


「仕事を楽しむなと言っている訳ではありません。今回、研修の為に滅私奉公するのが正しいかのような事を申し上げましたが、私達は全面的に副社長の仰った仕事に対する向き合い方について理解し、実行しています」


「ホントに?」


 副社長が檀上の先輩職員へと問い掛けると、先輩職員は副社長から目を逸らした。


「……おおむね、実行しています。

 さて、ここで一旦休憩とします。お手洗いへ行くならどうぞ。質問があるのならば今のうちに答えましょう。

 あ、もちろん今は声を出しても構いません」


「はいっ!!」


 勢い良く右手を挙げた研修生を、檀上の先輩職員が指名する。


「どうぞ」


「副社長にご質問させて頂きます! 副社長は伊吹教いぶききょうについてはどう思われているのかお聞かせ下さい!!」


「伊吹教……?」


 副社長が首を傾げていると、先輩職員の一人が副社長の耳元で説明をする。


「あぁ、藍吹伊通あぶいどおり一丁目をぐるぐると歩いている人達の事か。

 うーん、伊吹親王殿下がどう思われているかは分からないね。

 殿下がそうしてくれと望まれた訳ではないだろうし。自分達がやりたいからやってる、個人活動の延長戦なんじゃないですか?」


 副社長の口から語られた伊吹教に対しての想いは、ほぼ無関心に近いものだった。


「そんな!? 伊吹教の者達は皆、貴方様の事を想って活動をしているのですよ!?

 それなのに、個人活動だなんて……。

 私達は崇高な使命、伊吹様の目的の為ならばこの身を捧げるつもりでいるんです!!」


 質問をした研修生が立ち上がり、身振り手振り大きく全身を使って副社長へと訴える。この研修生は副社長の罠にことごとく引っかかっていた女性だ。


「そうですか、貴女はあの集団の参加者でしたか。まぁ、個人の活動に対してとやかく言うつもりはありませんが……」


「あり得ない!! 伊吹様が私達の信仰を受け入れて下さらないなんてあり得ないわ!!

 ……分かった、貴方は伊吹様ではないのね? 伊吹様の振りをして私達を騙すつもりだったんでしょう!?」


 副社長の元へと駆けていく伊吹教信者の研修生。その他の研修生の多くがあまりの事態に動けず、ただ悲鳴を上げるのみ。

 伊吹教信者の研修生が副社長へと掴み掛り、そして腕を取られて畳へ打ち付けられ、副社長によって拘束される。


「……はぁ。やっぱりこういう事態になるんですよ。

 佐井さい! 智枝ともえ様……、いや智紗世ちさよ様へ連絡!」


「すでに向かわれています」


「離せ! 伊吹様を騙る不届きものめ!!」


 拘束されている研修生が暴れた為、副社長のお面が外れる。お面の下から現れたのは、女性の顔だった。

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