記者会見:伊吹親王殿下退院報告
皇宮内の記者会見場に、大勢の報道関係者が集まっている。
宮内省の侍従長である
カメラのシャッター音とフラッシュが焚かれる音が会見場に鳴り響く中、伊吹と川中教授が用意された席へと座る。
「お集まり頂きましてありがとうございます。私は東京皇国大学の川中教授の手術により、ガン化しているすい臓の一部を切除に成功、無事退院しました事をご報告させて頂きます」
まずは伊吹本人の口から改めて説明をし、司会者として控えていた国営放送の
「まずはどのような形でガンが見つかったのでしょうか?」
「定期的に行っている健康診断において、少し前に専属医に血液検査をしてもらいました。その血液を腫瘍マーカーの検査に回して、すい臓ガンを発見したと聞いております」
「川中教授、すい臓ガンは極めて発見が難しいガンであるという認識が一般的だと思います。初期の状態で発見出来た事は非常に珍しい事だと思うのですが、いかがでしょうか」
川中教授がマイクを手に取り、口を開く。
「仰る通り非常に珍しく、奇跡的な事だと思います。殿下が神々の加護を得ておられるのだと、私は思っております。
腫瘍マーカーでのすい臓ガンの発見は、検出精度は実質七から八割程度と言われています。そして、今回のような極めて初期状態。具体的に申し上げると、二センチ以下のガンの場合は、検出精度はさらに下がり、五割を下回ります。
殿下の専属医が、たまたま同じ血液を別々の検査センターへ送っておられなければ、発見されなかった可能性があります」
「発見されなかった場合、すい臓ガンはどうなっていたのでしょうか?」
「殿下はまだお若いので、ガンが早く進行します。そしてすい臓は沈黙の臓器と言われ、非常に発見が困難です。自覚症状が出た時点では、治療の施しようがない場合も多い。
これ以上は私の口からは申し上げにくいです」
川中教授はそう言って、マイクを机へ置いた。
「ありがとうございます。
伊吹殿下へお伺いさせて頂きます。伊吹殿下は術後、体調は戻られたのでしょうか?
今後の政務等の予定など、影響はあるのでしょうか?」
「お蔭様で、体調は問題ないです。食事もおいしく頂いていますし、特に激しい運動でなければ身体を動かしても良いと川中教授に言って頂きました。
政務についても、特に影響は出ないと思っております」
伊吹は心乃夏が用意した台本通りに受け答えをしている。政務については特に何も予定が入っていないので、そもそも影響が出ようがない。
「川中教授へ質問です。
今回、以前より研究を進められていた、すい臓ガンへの新しい手術方法についてですが、まだ論文も出されていない方法を、皇族である伊吹親王殿下へ施される事となった経緯を教えて下さい」
川中教授がマイクを手に取り、神妙な面持ちで答える。
「非常に恐れ多い事ですが、先ほども申し上げた通り、殿下はまだお若い。今手術をしなければ、数年後にどうなっているか分からない状態でした。
そして、従来の方法であれば、殿下のお身体にあまりにも負担が掛かる。
何度も申し上げますが、殿下はお若い。ガンの進行でも身体に負担が掛かりますが、治療後の生活の事も考えなければならない。
たまたま殿下の専属医が私の顔馴染みでして、私がすい臓ガンの研究をしている事を知っていた関係で、私の元へとご連絡を頂きました。
何とかならないか、と聞かれ、正直に申し上げまして、私は大変迷いました。自分の研究内容には自信を持っております。
が、だからと言って実際に行った事のない手術方法で、伊吹親王殿下を治療するなど、恐れ多いと思ったのです。
結果的には、手術は無事成功しました。術後の経過も問題ない。こうして殿下は元気なお姿を国民の皆様へとお見せになっておられる。
非常に喜ばしい事です。そして、その私がその一助となれた。医師としてこれほど誇らしい事はございません」
そう言った川中教授を、立ち上がった伊吹が抱き締めた。会場内はどよめき、シャッター音とフラッシュが鳴り響く。
しばらく抱き締めていた伊吹だが、耳元で川中教授に感謝を囁くと、ゆっくりと手を解いて身体を離し、マイクを手に取った。
「川中教授は素晴らしいお医者様です。しかし、そんな素晴らしいお医者様でも治せない患者が存在します。
それは、診察を受けていない患者です。診察をしなければ、ガンもその他の病気も正確に診断する事は出来ません。
皆さん、少しでも体調が良くないな、おかしいなと思ったら病院で診察を受けて下さい。気のせいであれば良い。が、検査の結果で何か異変が見つかれば、すぐに治療を受けて下さい。
忙しいから、手間だから、時間がないから。そう言わず、自らの健康について考えて下さい。
けれど、元気なのに暇潰しがてら病院に通うのはご遠慮願います」
伊吹の最後の発言を冗談と捉えたのか、報道陣が笑い声をこぼす。
「それともう一つお願いです。皆さん、献血にご協力下さい。
今回、私は手術において、国民のどなたかが献血して下さった血を使わせて頂きました。そのお陰で、今こうして元気に話せております。
血液検査をしてくれた専属医、ガン治療の専門家、その他の医療従事者の皆様。
そして献血をして下さった方のお陰なのです。
また、臓器提供を待つ患者も多くおられると思います。この機会に、臓器提供に関するドナー登録について知って頂きたい。
なぎなみ動画へ協力を依頼し、献血や臓器提供についての動画の制作依頼をしております。
動画が投稿された際には、ぜひご覧になって頂きたいです。
明日は我が身。そして、情けは人の為ならず。将来の自分の為にも、献血にご協力下さい。よろしくお願い致します」
そう言って、伊吹はカメラに向かって頭を下げた。
空前の医療ブーム・献血ブームの始まりである。
★★★ ★★★ ★★★
ここまでお読み頂きありがとうございます。
ドナー登録についてコメントを頂きましたので追記しました。
ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
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