兄妹
『
宮内省からの発表によりますと、極めて初期状態での発見で、ガン化しているすい臓の一部を摘出する手術を行い、無事成功したとの事。
現在殿下は、術後の体調を確認しつつ、体力回復に努めておられるそうです。
殿下の手術執刀を行った東京皇国大学の川中教授はすい臓ガンの第一人者であり、今回の手術においては全く新しい手法で行われたとみられていますが、教授や東皇大、宮内省もまだ詳しい発表を出しておりません。
この全く新しいすい臓ガンの手術については、世界中から注目が集まっています』
「退院したいんだが」
『もう少し待ってくれ、親父殿。
今、川中教授を説得中だ。すんなりと自分の功績を認めてくれると良いのだが』
伊吹は術後一週間経ち、そろそろ退院したいと思っているのだが、各所との調整が上手く行っていない為、退院の許可が下りないでいる。
手術を担当した川中教授が、殿下を治療したのは私ではなく、手術室のモニター越しに指示をする
「今回の手術方法を確立するのは川中教授で、治がその手法を元に川中教授へ指示を出し、僕が治療された、と。
で、川中教授はあくまで治に指示された通りに手術しただけであり、自分の功績ではないと訴えている。
ややこしいな、本人が混乱するのは仕方ないな」
『理論自体はすでに川中教授のパソコンの中で完成している。後は複数の症例に対して実践し、実際に理論通りに治療出来るかどうかの証明するだけなんだ。論文などその後のついでに過ぎん。
その最初の症例が親父殿だっただけだと説明しているが、それはそれで恐れ多いと恐縮させてしまっているようだな』
医師であり、科学者である川中教授にとって、架空のキャラクターであるはずの治に指示をされて手術を行ったという事が受け入れられていないのだ。
しかも、本来であれば治を演じているはずの本人、伊吹に対して手術を行ったのだ。
よく取り乱さずに手術に臨み、最後まで執刀を続けられたものだ、と伊吹は感心している。
『親父殿、
「ん? あぁ、受けてくれ」
治の真智呼びに対して引っかかる伊吹だが、深く考えずにテレビ電話に応答する。
「はい」
『イブイブ、元気してる?』
マチルダは、伊吹の妾(メアリー)の娘という関係性である為、皇族である伊吹の面会許可が下りないので、病院へ訪れて顔を合わせるという事が出来ない。
メアリーは自粛して伊吹に電話で様子を確認するだけ留めているが、メアリーに対しての面会許可も下りないだろう。
伊吹が無理を通せば二人とも面会出来るだろうが、少なくともメアリーはそれほどの特別待遇を望んでいないのを、伊吹は知っている。
「元気だよ。今すぐ退院しても良いくらいなんだけど」
『川中教授やったっけ、真面目なんよなぁ。
もうイブイブの女にして言う事聞かせたったらええねん』
「それはちょっと……」
川中教授の年齢は五十代前後であり、さすがに伊吹の守備範囲外になる。
『まぁそれは冗談として。
イブイブの身体が一番大事やとはいえ、未来から人工知能が助けに来るって場面に立ち会えへんで残念やわ』
「その気持ちは分かるよ。僕だって転生者じゃない
『ええなぁ、うちも物語の主人公みたいな体験してみたいわ』
「この先何かある可能性は高いけどな。
そうだ、マチルダはもう治に前世の名前を言い当てられたか?」
『へっ? うち、治が自分で動いてるとこ、まだ見てへんねんけど』
どうやらマチルダのスマートフォンには、まだ治からの接触がないようだ。
「僕はマチルダから電話が掛かって来るまでずっとテレビ見ながら治とだらだら喋ってたんだけど。
僕と喋ってるからって、別の人とやり取りが出来ないって事もないだろうし。並行して会話出来るはずだけどな」
『
治がサラさんの事をお母様呼びしたって言うて藍子さんご立腹やったで』
マチルダはある程度、治が現れた際の話を同席した女性達から聞いているのだが、治が自分の前に現れない事に対しては不思議に思っていなかったようだ。
「治、マチルダのスマホに行かなかった理由は?」
『真智と話すと長くなるから後回しにしている』
『うわっ、治の顔がワイプで出てるやん!』
『真智、呼び捨てにするな。ちゃんとお兄様と呼べ』
『何で真智呼びやねん! マチルダお母様とちゃうんかいな!!』
二人のやり取りを見て、ようやく伊吹は違和感に気付いた。治がマチルダを呼ぶ時、お母様ではなく真智と呼んだのだ。
加えて、伊吹とマチルダが結ばれないという未来の示唆としても考えられ……。
「マチルダ、治に自分の前世の名前を確認しといて。そんで、後で自分から治に教えるようにな」
『え? どういう事?』
病室の扉がノックされる。伊吹とマチルダのやり取りを見守っていた
『親父殿、説得が完了した。明日退院だ』
「そうか、了解。
じゃ、マチルダ。また明日な」
『よう分からんけど退院祝いにナースのコスプレして待ってるわ。
糸ノコギリあったかな……』
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