搬送

 加藤医師が副社長室に飛び込んで来てからは大騒動に発展した。

 おさむから詳しく話を聞こうとする伊吹いぶき藍子あいこ燈子とうこが両脇を掴み、今すぐ病院へと急かす。

 加藤が救急車を呼びますと叫ぶと、ディスプレイに映っている治がすでに救急ヘリを手配済みであると告げる。

 智枝ともえ智紗世ちさよは伊吹の侍女達に入院準備をするよう指示を出し、伊吹が美哉みや橘香きっかには伝えるなと叫んだ。

 ディスプレイにはイリヤのコメントが連投されているが、誰もそれを気付かない。


 そして伊吹はノ塔にある副社長室から、しょうノ塔へ向けて藍子と燈子に両脇を抱えられたまま連行される。


 イリヤとサラを疑い、治の存在をなかなか受け入れられなかった二人だが、伊吹のガン宣告については一切疑わず、取り乱さず、今すぐ伊吹を病院へ連れていかなければならないという強い意思で伊吹の身体を引っ張って歩く。

 自分で歩ける、逃げるつもりはない、車椅子がある、ストレッチャーでも良いなどと伊吹は二人に話し掛けるが、二人の耳には届かない。

 取り乱してはいないが、冷静でもない。伊吹がガンであると聞き、混乱と心配で伊吹の身体に触れていないと気がおかしくなってしまいそうだったのだ。


 伊吹がヘリポートに着くと、すでに救急ヘリが待機していた。加藤医師が救急ヘリへ乗り込み、救急救命医へ申し送りを始める。

 伊吹はようやく藍子と燈子から手を離され、救急看護師の指示を受けてストレッチャーへと横になる。


「寝転ぶ必要ないし、そもそもヘリじゃなくても良いと思うんだけど。

 真夜中だよ? 近所迷惑だよ」


「近所には身内しかいないから大丈夫よ。私達は車で向かうから」


「すぐに行くから。大人しくヘリで運ばれてね」


 そんなやり取りをした後すぐ、伊吹を乗せた救急ヘリが翔ノ塔を飛び立った。向かう先は宮内省病院。

 到着してすぐに詳しい検査がなされ、そして翌朝すぐに緊急手術が行われる事が決定した。



『翔ノ塔から救急ヘリが飛び立つところを望遠カメラで撮らてな、その記事がすぐにネットで公開された。

 見出しは「伊吹親王殿下、急病か!?」だと。それを理由として日本株が軒並み下げられた。売ったのは主に慌てた海外の機関投資家と、空売りのファンドだな。マレーシアの華僑が主導している。

 国内の投資家達で狼狽売りしている者は少ない』


「そんな事まで分かるのか」


『あぁ、もちろんだとも。

 だから明日には値を戻すと福乃ふくのおば様に伝えてある。

 今日の夜に「伊吹親王、初期のガン摘出手術無事に成功。すぐに政務へ復帰されるご予定」という報道が出るからな』


「何ならカメラマンを呼び込んで写真を撮らせるか?」


『いや、親父殿が入院着でベッドで横になっている姿は子猫達を刺激する。

 止めておいた方が良い』


「どんな刺激だよ……」


 伊吹は無事に手術を終えて、麻酔から目を覚ました後、医師からの診察を受けた。

 手術は無事成功。しばらくは定期的に検査を受ける必要があるが、治曰くガン細胞は完全に摘出出来ているから問題ない、との事だ。

 現在は集中治療室を出て、特別個室へと移動している。手術室前でずっと待機していた藍子あいこ燈子とうこは、伊吹の手術が成功したという説明を受けて安心し、付き添い用に設置されているベッドで眠っている。


 伊吹は、治が映っているスマートフォンをまじまじと眺める。


「いくら理解出来て、受け入れているとはいえ、不思議なもんだなぁ。

 自分を元に描かれたイラストのアバターで、自分の収録した声で人工知能が受け答えするとは」


『不思議に感じているのは今だけだ。すぐにあれは出来るのかこれは出来るのかと矢継ぎ早に俺様に確認するのだよ、親父殿は。

 まぁだからこそ、俺様が出来る事が増えていく訳だが』


「……と言うと?」


 伊吹も、治が未来からどのような手段でもって自分の元に来たのかまでは、理解出来ていない。そして恐らく、詳しく説明を受けたとしても、半分も理解出来ないであろう。

 が、理解出来ないという事と、理解しようとしないという事は別だ。理解しようとしなければ、何も理解する事が出来なくなってしまう。


『俺様は因果関係に縛られている。昨夜、親父殿の前世での名前を言い当てた訳だが、それはあくまで親父殿から教えられたから、という原因が存在する。

 だから、俺様は親父殿から直接、前世の名前を教えてもらわなければならない。でないと、俺様がいる未来が成立しなくなってしまう』


 つまり、治が治自身の手で開発した技術については、その時代になれば治の手で開発される事になるのだが、治が誰かから教えられた知識や発想については、現代にて教えてもらう必要がある。

 治は未来で出来た実を収穫して伊吹の元へ持ってくる事が出来るが、その為には現代にて伊吹が種まきを行わなければならない。

 種をまかないと、実がなる事がないのだから。


 そう言った内容の事を、治から伊吹へ説明がなされた。


「なるほどなぁ。じゃあ、もし僕がこの場で治に名前を教えなかったら、未来全てが消えてしまう可能性もあるのか」


『と、言いつつ、親父殿は俺様がいる未来を望んでおるはずだからな。

 親父殿は必ず教えてくれるのだよ』


 伊吹は眠っている藍子と燈子を起こさぬよう、小さな声で治と会話を続けるのだった。

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