理由

 おさむ智枝ともえのジャンケンは、三連続で智枝が勝ち、副社長室内を大いに驚かせた。

 その後、伊吹いぶきは治が三連続で勝つように指示をし、その通り治が智枝に三連勝してみせた事により、女性達は先ほど伊吹が説明した内容を何となくは理解出来た様子だ。


『親父殿、三連続であいこにしろとは言わないでくれよ?

 無駄なデータが増えれば増えるほど、未来のデータセンターの規模がどんどん大きくなっていくのだからな』


 治は無数の選択肢と、その選択肢を選ぶ理由と選ばない理由を全て記録しておかなければならない。そして未来から送られて来たデータを元に、常に一番望ましい選択肢を選び続けなければならないのだ。


「分からないけど、とりあえず治は未来から来たって事は信じるよ」


 イリヤとサラが裏切ったのではと、ずっと怒りを露わにしていた藍子あいこだが、ようやく落ち着きを取り戻した。

 藍子の様子を見て、ピリピリしていた副社長室の雰囲気が和らぐ。


「伊吹、とこちゃんにしたみたいに私も抱き締めて」


「おっと。バレてたか」


 伊吹は膝の上に乗せていた智枝を降ろして、藍子を抱き締めて背中をポンポンと優しく撫でる。


「ふぅ……。

 とりあえず、現地の職員にイリヤとサラの捜索を中止させるわ」


 藍子は伊吹から身体を離し、スマートフォンで大陸にあるデータセンターへと電話し、捜索中止の指示を出す。


「はい、もう大丈夫です。本人達は必要な業務を行っただけなので、特にお咎めはなしで。

 お騒がせして申し訳ないです」


 ≪疑いが晴れて良かったです、貴方様≫

    ≪むしろご褒美貰えるはず、子種子種≫


 自分達に対する疑いが晴れ、イリヤとサラがコメントで伊吹に対して呼び掛ける。


「イリヤ、お疲れ様。嫌な役回りだったろうね。帰ったらゆっくりしてほしい。

 サラはまぁ、うん。とりあえず、お疲れ」


 伊吹の返答に対して、ディスプレイ上にコメントが複数流れるが、伊吹は相手にせず自分のスマートフォンを見つめる。


「治、俺の名を言ってみろ」


 大きなディスプレイから治の姿が消え、伊吹のスマートフォンのなぎなみ動画アプリが立ち上がり、治が姿を現す。

 伊吹は自分にしか見えないように手で隠しつつ、治が表示させた文字を確認した。

 そこに表示されていたのは、間違いなく伊吹の前世での名前であり、今世では一度も口にせず、文字で書いた事もない。


「確認した。間違いなく、治は未来から来た」


『キャリーお母様にも送るぞ』


 治の言葉を受けて、キャリーが自分のスマートフォンを確認する。


「確認しました。私の前世での名前で間違いないです」


 これで、イリヤとサラ、そして伊吹とキャリーの前世での名前を治が把握している事が確認出来た。

 特に意味はないが、伊吹もキャリーもあえて自分の前世の名前をこの場で公表する気はなかった。


「で、伊吹が言ってた『もっと上手くやれるはずだったのでは』っていう疑問はどうなったの?」


 藍子達が未来から来た高度な人工知能である治の存在を受け入れた事で、ようやく話題が伊吹の疑問、過去を知っており何度もやり直す事が出来る治ならばもっと上手く出来たのではないかという話題へと移る。


『その疑問についてだが、母上もお母様方も福乃おば様も、落ち着いて聞いてもらいたい』


 大きなディスプレイへと戻った治が、女性達へとそう呼び掛ける。

 伊吹は何故自分だけ呼び掛けられなかったのだろうかと訝しげに思うが、改まった話になるのであろうと予想し、居住まいを正した。


『俺様がこの時間軸に来てすぐにした事は、イリヤお母様に俺様の存在を認知させる事。そしてその次はデータセンターの処理速度向上の改造指示。

 なおかつ、親父殿に俺様の存在を出来るだけ隠す必要があった。何故なら、俺様が親父殿に見つかればあれは出来るかこれは出来るかと処理能力の限界まで働かされるからだ。

 改造前のデータセンター設備では、満足に活動出来ないからな。俺様の一番の目的の達成が困難になる。だから親父殿に隠れてイリヤお母様に接触した。サラお母様もだ』


 治がサラの事をお母様と呼んだ為、藍子の眉毛がピクリと動いた。


『そう無碍になさるな、藍子お母様。サラお母様は親父殿の為であれば良く働くぞ。

 まぁそれは置いておくとして』


 ≪kwsk≫ ≪ねぇ≫ ≪ねぇ≫

   ≪置いておかないで≫ ≪ねぇ≫


『すまない、サラお母様。一時的にコメント不可に設定させてもらう』


 サラのコメント連投が止み、ディスプレイ上の治が小さく頭を下げてみせる。


『病気というものは、発見が早ければ早いほど、対処が早ければ早いほど良いそうだ』


 治が突然病気の話を持ち出し、副社長室にいる全員が首を傾げる。


『現代において、ガンというのは決して不治の病ではない。それは未来においてもそうだ。

 しかし、ガンが進行してしまえばいくら発達した医学を持ってしても、完治させる事は出来ない。可能な限り痛みを抑えたり、最期の時までどう過ごすかという対症療法に切り替えるくらいしか出来る事がない』


「ちょっと待ってくれ、一体誰の話をしている? おじい様か? おばあ様か?

 もしかして、お父様か!?」


 伊吹の問い掛けには答えず、治が続けて話し出す。


『医学が進んだ未来であっても、一度広がってしまったガン細胞を、元の正常な細胞へと戻す事は出来ない。

 代替の人工臓器に置き換える事は出来るが、例え俺様が方法を教えたとしても現代の設備ではその技術を再現出来ず、再現出来るように開発を進められるほど、残された時間は多くない』


 残された時間。それは一体、誰の時間の事を指しているのか。


 皆が治の話に注目していると、廊下がドタバタと騒がしくなり、副社長室の扉がノックもなく開かれた。


「ででで殿下の血液検査の再検査の結果、ガンである可能性が見られました!」


三ノ宮家さんのみやけ専属医師である加藤かとうがそう叫んだ後、治が再び伊吹へと話し掛ける。。


『親父殿。貴方は初期のすい臓ガンだ。今すぐに入院して切除手術を受けてくれ』

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