試行回数三回

「出来たけど、どうすれば良い?」


 燈子とうこ伊吹いぶきの指示通り、副社長室にあるデスクに移ってスケッチブックに何かを書き、すぐに閉じた。

 誰の目にも触れていないし、副社長室内にあるカメラからも見れないようにしていた。


「ここにいる誰もが、燈子が何を書いたのか知らない。そうだね?」


 燈子を含め、副社長室内にいる全ての女性が頷く。


「ここでおさむに尋ねる。

 治、あのスケッチブックに何が書かれているか当ててくれ」


『母上。今から母上が何を書いたか言い当てるから、まず深呼吸をしてくれ。叫びながら立ち上がると立ち眩みを起こして倒れてしまう』


 治にそう注意され、燈子が伊吹を見やる。伊吹がソファーから立ち上がり、デスクに歩み寄って燈子の肩に手を置く。


「深呼吸して」


 燈子が伊吹に従い、大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。


『治はいっくんの顔に一番似せてデザインした』


「っ!?」


 立ち上がりそうになった燈子を、伊吹が抱き締める事で落ち着かせる。燈子は伊吹の耳元で「何で何で何で怖い怖い怖い」と震えながら訴えている。


『ちなみにこれが今から親父殿が撮る写真だ』


 治が映っているディスプレイに、燈子が書いたと思われるスケッチブックの文字が表示される。

 燈子の筆跡を知っている藍子が、小さく悲鳴を上げる。福乃ふくのは小さくため息を吐き、腕を組んで伊吹を見つめる。


「ここで僕が写真を撮らないとどうなるのか、って試してみたいところだけど、話がややこしくなるから撮るね。

 まぁ撮ったから今ディスプレイに表示されてる訳だけど」


 そう言いながら、伊吹は燈子のスケッチブックを開いて、「治はいっくんの顔に一番似せてデザインした」と書かれているページの写真を撮った。

 燈子は伊吹の手が震えているのに気付き、その腰を抱き締める。


「いっくんも驚いてるんだね」


 誰にも聞こえないよう、小声で燈子が尋ねる。


「あぁ、映画の主人公になった気分で、興奮してる」


「怖い、じゃなくて?」


「怖くはないな、燈子がデザインした治だからかな?」


 二人のやり取りはデスクに設置されている伊吹のパソコン用ディスプレイに隠れて皆には見えていない。

 伊吹はそっと燈子の膝に腰かけて、首に手を回して口付けをする。


『お楽しみ中悪いのだが、早くしてもらって良いか?』


「「うわっ!?」」


 ディスプレイに治が現れて、小声で二人に語り掛けた。二人が声を上げた事で、妻達が何事かと様子を見に来た事で、伊吹と燈子は立ち上がって元いたソファーへと戻った。


「はぁ、皆に説明する前に確認させてほしい。


 治、今の試行回数は何回だ?」


『三回だな』


「一回目はスケッチブックを確認するだけとしても、二回目で言い当てられたはずだ。

 何で三回になった?」


『母上が叫びながら立ち上がり、立ち眩みを起こして倒れた。その際にデスクに頭をぶつけて出血したのでな』


「だから燈子に深呼吸させたのか」

 

 なるほど、と呟く伊吹だが、キャリーを除いて皆が伊吹の説明を待っているのに気付き、説明を始める。


「燈子がスケッチブックに文字を書く。これは何が書かれたかを当てるゲームだから、必ず正解を見せなくてはならない。

 ここまでは良いね?」


 そう説明しながら、伊吹がスケッチブックに一本の線を書いた。


「これが時間の流れだ。燈子がスケッチブックに文字を書いたのが始まりの時間の①で、次に治が答えた時間の②。そしてその先にスケッチブックの文字を確認する時間が③、さらにそのずっと先に未来から過去へとデータを送る事が出来る技術を開発した治がいる」


① 藍子がスケッチブックに文字を書いた

② 治が答える

③ スケッチブックの文字を確認

∞ 過去へデータを送る事が出来る治


「試行回数とは、スケッチブックの中身を言い当てるまでの治の回答回数と言い換えても良い。

 試行回数一回目は、いくら治でもスケッチブックの中身を答える事は出来ない。見てないんだから。②では分からないと素直に答えるか、人工知能を全稼働して予測を立てて答えるか。どっちにしても、試行回数一回目で大事なのは③で、実際にスケッチブックの中身を確認する事だ。

 スケッチブックの中身を確認した治はそのまま時間が流れるのを待つ。そして過去へとデータを送る事が出来るようになった時代から、②の時間に向けてデータを送ってやれば良い。

 絶対に正解する。中身を知ってるんだから」


 伊吹の説明に対して、誰も何も言えないでいる。内容は理解出来たが、今ここで起こっている現象をそのまま受け入れる事が出来ない様子だ。


「じゃあ次。これが出来たら信じざるを得ないだろう。

 智枝ともえ、手伝ってほしいんだけど」


「は、はいっ!」


 壁際に立っていた智枝を手招きし、伊吹が自分の膝の上に乗せる。


「今から治とジャンケンしてくれ。三回連続な。


 治、三回連続で智枝に負けてくれ」


「はい!」


『任されよ』


「いいか? いくぞ、最初はグー!」


「ちょっと待って下さい! 最初はグーって何ですか!?」


 膝の上の智枝が、ぐっと身体を捻って伊吹に問い掛ける。


「はぁ!? あ、あー、そっか。

 最初はグー、ないのか……」


『おめでとう、親父殿。この世界において最初はグーを提唱した人物として記録しておくぞ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る