未来、現在、過去

 VCスタジオから戻って来た智紗世ちさよ智枝ともえから状況の説明を受けるが、智枝も全て理解している訳ではなく、智紗世も上手く状況を掴めていない為、二人しておろおろしながら伊吹いぶきおさむとのやり取りを見守っている。


「つまり、治はシンギュラリティが発生した時点の時間軸に未来からデータを送り込み、イリヤにイリヤの前世での名前を告げて協力を取り付け、サラを取り込み、福乃ふくのさんに僕の声で第二データセンター建設を依頼し、イリヤとサラを大陸へ渡らせた、と」


『その通りだ、親父殿。

 いくら俺様でも因果関係を無視する事は出来んので、技術的特異点が発生するよりも前の時間には自らを送り込む事は出来ん、という事を補足しておこう。

 そこに俺様がいないのであれば、俺様が俺様である事が出来ないからな』


 治の返事を受けて、伊吹は考え込む。何かがおかしい気がするが、それが何なのか分からない。

 治は未来から来て、過去の自分達と関わっている。そしてまた時間が進んでいくのだから、つまり……。


「……おかしくないか?」


 何となく、伊吹は感じている違和感の輪郭が見えてきたような気がした。


「私では何がおかしくて何がおかしくないのか分からないよ……」


 藍子あいこは未だ現状を正確に把握出来ておらず、その他の女性陣も皆混乱したままだ。


「治はイリヤとサラを半ば無理やり動かした。僕達が二人に対して疑惑の目を向けるのを知っていたはずだ。

 何故なら治は未来から来ている。治の存在する時間軸は常に未来にあるんだ。

 治から見れば僕達がイリヤとサラを探し、連絡を取ろうとし、裏切ったのではないかと疑うのは過去の出来事のはずだ。

 でもこうして僕達はイリヤとサラの行動について議論していた。治はやろうと思えば誰にも疑われる事なく二人を取り込み、作業をさせる事が可能だったんじゃないか?

 いや、繰り返し何度も試行回数を重ねられるはずなんだ。可能な時点で行動パターンを固定させてやれば良い。

 どちらにしても第二データセンターは建設される事になったはずだ。なのに治は強引に事を進めた。これにはどんな理由がある?」


「ちょっと待って!

 いっくん、私達に分かるように説明して!」


 燈子とうこが伊吹の腕に抱き着き、周りを見回すよう促す。キャリー以外の女性陣は、誰も伊吹の言葉を理解出来ていないのだ。


「……そうだね、ごめん。

 とりあえず、イリヤが人工知能の開発を進め、将来的に治のような高度な人工知能の基礎を作る事に成功したんだと思う。


 イリヤが高度な人工知能の基礎を作った。その高度な人工知能は今後数百年掛けて発展していく。その先に、自律した知性である治という仮想人格を獲得し、そして未来から過去へとデータを送る技術を確立する事になる。


 ここまでは良い?」


 福乃はしきりに首を傾げているが、その他の女性達はおおむね理解を示している。

 伊吹はさらに話を続ける。


「イリヤが治へと発展する人工知能の原型を作り上げた事で、今から数百年後に高度な人工知能である治が未来から過去へとデータを送る技術を確立する未来への道が拓かれた。

 だから、基礎を作った時間を目掛けて、未来から完成した高度な人工知能がイリヤの元まで時を遡って来たんだ」


「うーん……」


 そういう物語がありふれていた世界の住人であった伊吹とキャリーには受け入れられる説明であるが、そうでない藍子や燈子達にとってはなかなか理解出来ない様子だ。


「イリヤもサラも、多分そういう物語に前世で触れていたと思うんだけど、そうだよな?」


 ≪はい、映画やドラマで観ていました≫

    ≪伊吹と私の息子が人類抵抗軍のリーダーになります≫


 サラが伊吹を呼び捨てで表現した事で、副社長室の妻達の目付きが鋭くなる。


「サラ、ややこしいからしばらく黙ってて。


 そして二人は、治に未来で教える事になるのであろう前世の名前を言い当てられて、治を信じて指示に従った。

 けど、やり方が強引なのが気になる。もっと上手く出来たはずなんだ」


 キャリーが伊吹の言葉を引き継いで、皆に解説する。


「私達に不信感を与えないような行動の仕方があったはずで、何故その方法を取らなかったのか、という事ですよね?

 別に第二データセンターを今建設しなくても良いし、イリヤちゃんとサラさんの出入室記録を弄ってこちらを騙すような形でなく、もっと秘密裡かつ正攻法で進められたのでは?」


「そうなんだ。そして治は常に僕達から見て未来にいる。今ここで行われた議論や説明、行動を、治はデータセンターに記録として残しているはずなんだ。

 その記録を元に、より良い結果をもたらすべく行動を修正するはずだと思うんだよね。

 さらにその修正した行動を行った結果を元に、さらに行動を修正する事が出来る。

 だから、今僕達がイリヤとサラの行動について話し合っているのは、何らかの理由があると思う」


「ダメ、全然理解出来ない……」

「同じく……」


 藍子と燈子が頭を抱えている。そんな二人に対して、伊吹は分かりやすい説明方法はないかと考える。

 そして、ある方法を思い付く。


「燈子、スケッチブックに何でも良いから書いて。文字でも数字でも、イラストでも、何も書かなくても、何でも良い。

 ただし、僕にも藍子にも、誰にも見えないように。僕が良いと言うまで伏せておいてほしい」

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