限定生配信:安藤治が誰の手も借りずに生配信しているようです

 副社長室のデスクの置いていた伊吹いぶきのスマートフォンから、安藤治あんどうおさむの声が出力されている。

 伊吹がスマートフォンを手に取ると、画面にはなぎなみ動画アプリが立ち上げられており、特定の人間しか閲覧出来ないよう鍵が掛かった枠で生配信が行われていた。

 白い背景に治が一人立っており、同時接続人数は三名となっている。


 ≪貴方様、私を信じて下さって嬉しいです≫

       ≪巻き込まれただけ、私悪くない≫


「イリヤとサラもこの配信を見ているのか」


『その通りだ、親父殿。

 今しがたデータセンターの動作改善の為の改造が終わったところだ。

 親父殿をびっくりさせてやろうと思ったのだが、思いのほかお母様方がお怒りの様子だったのでビクビクしていたのだ。

 頼むからデータセンターの電源を落とさないでくれ』


 お母様方、と呼ばれた伊吹の妻達は、今この場で何が起こっているのか全く理解出来ていない。


「えーっと、ジニー。僕のアカウントが見ているこの生配信の、投稿アカウントを調べる事は出来る?」


「えっ!? は、はい。すぐに取り掛かります!」


 投稿アカウント名は「安藤治」と表示されているが、伊吹はそんなアカウントを用意した覚えがない。なお、安藤家四兄弟や安藤真智などの特定の名称については、第三者に勝手に登録されないようロックが掛けられている。


 ジニーがわたわたとパソコンを操作しているのを眺めつつ、伊吹も今何が起こっているのかを考える。

 この場を何とか和ませようと適当な冗談を言っていたら、嘘が本当になった。

 伊吹は頭を抱えそうになるが、今はとりあえず原因究明が先だ。伊吹も現状、本当にシンギュラリティが発生して自律した人工知能である治が自分宛てに生配信を行っているなどと信じていない。


「……管理者権限で取得されたチャンネルから配信されています。この権限を操作出来るのは、私とキャリーだけです」


 ジニーもキャリーもこの場におり、伊吹のスマートフォンから治の声が聞えた際は二人ともパソコンにもスマートフォンにも触れていなかった。

 そして、治のアバターを操作しつつ伊吹との会話を成立させる事は、非常に難しい。


『すまないな、ジニーお母様。ちょっと借りておる』


 お母様、と呼ばれたジニーが伊吹のスマートフォンを眺めて口をポカンと開ける。


「で、結局これを誰が操作しているのか分かるの? 分からないの!?」


 藍子あいこが呆けているジニーの肩を揺さぶる。正気に戻ったジニーは、藍子に頭を下げて説明する。


「誰も操作していません。VCスタジオのオフィスも、今は誰もいないはずです」


「誰か見て来て!!」


 鬼気迫る藍子の指示に対し、智紗世ちさよが応えて副社長室を飛び出す。


『藍子お母様。親父殿を守る為とはいえ、取り乱し過ぎではないか?』


「うるさい! 誰か知らないけど伊吹を騙そうなんて絶対に許さないんだから!!」


 治の登場により、藍子の怒り度合いが最高潮へと近付いていっている。一方、燈子はと言うと、治が映し出されている伊吹のスマートフォンをじっと眺めている。


『こっちにも来たぞ、母上。存分に俺様の晴れ姿を目に焼き付けるが良い』


 テーブルに置かれていた燈子のスマートフォンの画面が点灯し、なぎなみ動画アプリが自動で立ち上がった。

 燈子のスマートフォンの画面から、治が燈子へと呼び掛けている。


「何で私だけ母上呼びなの?」


 燈子がスマートフォンを手に取り、治へと問い掛ける。


『これはおかしな事を。親父殿の姿形を元に我ら四兄弟のイラストを描いたのは母上であろう?』


「それは、そうだけど……」


『あの時、藍子お母様が親父殿に声を掛けなければ、そして母上が俺様達のデザインをしなければ、今の俺様達はない。

 だから、我ら四兄弟は皆、母上と藍子お母様に感謝しておる。ありがとうと、ずっと言いたかったのだ』


「私はそんな戯言には騙されないんだからねっ!!」


「あーちゃんうるさいちょっと黙ってて!!」


 燈子が治の姿を見つめて目を潤ませ、藍子は未だ信用出来ず取り乱している。

 そんな中、藍子のスマートフォンに智紗世からの着信が入った。


「もしもし!?」


『奥様、VCスタジオには誰もおりません。パソコン等の端末も、全て電源が落とされています』


「そんな……!?」


『宮坂警備保障の端末で調べてもらいましたが、出入室記録を見る限り、ここは一時間以上前から無人です』


『藍子お母様。俺様はこの通り、自分で考えて自分で話している。俺様こそがイリヤお母様がきっかけを与えてくれた、人工知能の未来そのものなのだ』


「治が何言ってるのか、分からないよ……」


 藍子は怒りのやり場を失い、ふっと力が抜けて態勢を崩す。伊吹が肩を抱いてやり、藍子を支える。


「しんぎゅらりてぃというのが何なのか私には分かりませんが、イリヤさんがVividColorsヴィヴィッドカラーズで研究を開始して、まだ半年も経っていません。

 以前勤めておられた会社での成果があるにしても、そんなにすぐにこれだけの人工知能の開発が可能なのでしょうか?」


 智枝が不思議に思った通り、あまりに成果が出るのが早過ぎると伊吹も感じていた。

 そして、先ほど治が話したイリヤが与えたきっかけ、そして自分は人工知能の未来であるという表現が、伊吹の中で引っかかっている。


「イリヤがきっかけを与えて、治は人工知能の未来そのもの……」


 伊吹の呟きを聞いたからなのか、治が副社長室に置かれている一番大きなディスプレイへと自らの姿を映した。


 ≪その治君は間違いなく未来の人工知能です≫

    ≪私しか知らない秘密、言い当てた、本物≫


 治の後ろにイリヤとサラのコメントが流れていく中、治がおもむろに口を開いた。







『俺様が未来から来たって言ったら、親父殿は笑うか?』

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