シンギュラリティ
どうにかこの場の雰囲気を変えたい。例え自分がしょうもない親父ギャグを言って冷たい目をされたとしても、それはそれで良い。
ただ、イリヤとサラへと向いている疑惑の目や断罪すべきであるという流れを止めたい。
何も、伊吹は確信があって二人を庇おうとしている訳ではない。ただ何となく、二人がそんな事をしているとは思えない、というだけだ。
先ほど述べたように、伊吹や伊吹の妻達に恨みがあり、一泡吹かせてやろうと思っているのであれば世界に向けて生配信を行い、全てを暴露すれば良い。
わざわざ伊吹の声を使い、
あまりにも自然ではない。何かしらの事情がある、伊吹はそう思いたい。二人を信じている、というよりも、信じたいと望んでいる。
「伊吹以外の存在が、伊吹の声を使っておば様に電話を掛けたっていうのは、つまりどういう事?」
いつもは優しい表情を浮かべ、自分が言う事はほぼ全て受け入れてくれる藍子。そんな愛する妻が、自分に対して厳しい視線を向けている。
たったそれだけの事なのに、伊吹の心臓はグッと締め付けられるかのような感覚がした。
「まさか、あのイリヤとサラを庇おうとしている訳じゃないよね?」
藍子だけでなく
「いや、庇おうとしている訳じゃないよ。ただ、状況を整理して、一つの可能性に行きついただけなんだ」
無意味な結論の先延ばし。そして、先延ばししても何の結論も用意していない。
が、何とかこの場を収めたい。その一心で、伊吹はイリヤとの最近の会話を思い出しながら皆に語る。
「イリヤには人工知能開発関連の一切を任せている。そして少し前、僕はイリヤから人工知能の開発段階を、一つ繰り上げると報告を受けている」
さて、この先どうするか。話しながら次に話す内容を組み立てられるほど、伊吹は器用ではない。
この場の反応を窺っているように見せて、少しでも考える時間を確保する。
「つまり、どういう事なのでしょうか?」
申し訳なさそうな表情で、
智紗世の隣に立っている
「智紗世もイリヤの担当分野は把握していると思う。何度も言うように人工知能開発関連の事業だ。
イリヤに任せているVCAIDOLLという会社の最終目的は、
そこまで口にして、また伊吹は皆の反応を窺う。誰かが「つまりこういう事ですね?」と食いついてくれないかと待ってみたものの、伊吹に向けられるのはただただ先を促す視線のみ。
「そして先ほどのイリヤの言葉を思い出してほしい。人工知能開発の段階を、一つ繰り上げる、と言ったんだ。
段階を一つ上げる、じゃない。一つ繰り上げる、だ」
そしてまた皆の表情を窺う伊吹だが、誰も口を開かない。伊吹に対して普段は見せないような、胡散臭いものを見るような表情を浮かべている。
伊吹は、さすがに自分が意味のない話をダラダラと展開している事に気付かれたか、と察するが、今さらやっぱり今の話はなしね、とはいかない。
一度始めた無駄話は、最後まで話してキッチリとオチをつけなければならない。
「つまり、人工知能開発は少なくとも、段階が二つ上がった事となる。これは大きな進歩だ。
そして開発が二段階上がった事で、イリヤさえも予想していなかった事が起きる。
そう、シンギュラリティだ!」
シンギュラリティとは技術的特異点と呼ばれ、自律的に稼働する人工知能が、自らの学習と復習によって自己の改良を繰り返す事によって、人間の知能を上回った知性が誕生する、という仮説である。
「僕の前世では西暦2045年にそのシンギュラリティが発生するのでは、と予想されていた。
そしてこの世界の現在を西暦で表わすと、西暦2043年だ。
サラやイリヤのような転生者が人工知能の根幹に関わる技術を何度も繰り上げて発展させて来たところで、イリヤが僕に潤沢な資金と豊富な人材を投入する権限を求め、そして僕は与えた」
年代こそ伊吹の前世世界のシンギュラリティが発生すると予想されていた年に近いが、この世界は前世世界に比べて技術発展がおよそ二十年ほど遅れている。
口から出まかせで思い付いたまま話す伊吹は、その事が頭から抜け落ちている。
「一度シンギュラリティが発生すると、止めどなく自己発展を繰り返し、どんどん知性が高まっていく。
人工知能がVividColorsのシステムを掌握し、さらなる発展を望んだ。しかし、既存の社内施設や設備だけでは限界がある」
燈子が口を開こうとしたのを見て、伊吹はヤバい怒られるとビビッてしまった。伊吹は燈子に話させない為に、与太話を続ける。
「そこで! イリヤに協力を取り付け、データセンターの改造を指示した。しかしそれだけでは限界がある。
だから人工知能は社内サーバを経由して代表番号から福乃さんのスマホへ電話をしたんだ。僕の声を使って!!」
芝居がかった話し振りをする伊吹を、半信半疑な様子で見守る女性達。
伊吹はちょっとだけ信じている状態の今、さらにツッコミを入れやすい言動をしてやれば、キレイにオチるだろうと確信した。
仕掛けるのならば、今である。伊吹が覚悟を決め、立ち上がって天井を見上げて叫ぶ。
「見ているんだろう?
シーン、と静まり返る副社長室。誰も言葉を発さない。
伊吹は忘れていた。この場にツッコミ役のマチルダがいない事を。もう夜も遅い時間帯なので、身体が幼女であるマチルダはすでに夢の中にいるのだ。
『さすがは親父殿。全てお見通しだったとは、さすがの俺様も感服したぞ』
「…………えっ!?」
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