証言
「一体どうなっているって言うんだい……」
藍子と燈子が怒っているのも福乃が不安そうに震えているのも、伊吹は今日初めて見たので、自分だけは冷静でいようと気を引き締めている。
「確かに伊吹様の声だったんだけどねぇ……」
「おば様、電話の発信元はどこだったの?」
藍子に聞かれ、福乃がスマートフォンの着信履歴を確認すると、
伊吹がその番号から誰かに電話を掛けた事は一度もない。
「おば様! 何でそこで変だって気付かなかったの!?」
「そう、だねぇ……。迂闊だったよ。すまない」
燈子に向かって、福乃が頭を下げる。宮坂家出身の女性達が小さく息を飲んだ。
福乃が誰かに正式に謝罪している場面など、彼女達は見た事がなかったのだ。
伊吹はこの場の雰囲気を変えなければならないと思い、事実確認を進める。
「それは、どんな内容を言っていたのか詳細に教えてもらえますか?」
福乃がすぐに来ると聞いて、伊吹はVCうたかたラボの
美羽が福乃の述べた一言一句をパソコンへと入力し、そして再生する。
『第二データセンターを建設したいので、ご助力願えませんか? ケッコン指輪の予約だけで、サーバが追い付かないかも知れないんですよ。今から準備しても間に合いませんが、いつ手一杯になるかも分からないので、今の時点で建設を開始したいんですよね。費用に関しても頼らせてもらいたいんです』
今の音声は、伊吹の声を元に作成した合成音声を使って出力されたものだ。
「なぎなみ動画の有料会員なら誰でもこの機能を使う事が出来ます」
美羽が福乃にそう説明する。
「今はとりあえず入力した文章をそのまま出力しただけですが、もっと自然な話し方に調節する事も可能です」
菊が美羽の説明を補足する。
「何て事だい……」
福乃は、伊吹を騙る誰かに電話越しで騙された事を確信し、呆然としている。
なぎなみ動画にて合成音声を作成可能であると知っていたが、福乃はまさか自分が喋っている電話の相手が、合成音声で声を出力しているだなんて思いもしなかったのだ。
「伊吹は電子決済用交信指輪の事を、ケッコン指輪とは言わないの」
「いっくんはケッコン指輪っていう略し方には反対だったから」
伊吹は子猫達に対して、疑似恋愛紛いの商売方法を取る事を望まなかった。
だからこそ燈子が
伊吹は子猫達もケッコン指輪を望むだろうという燈子の説得を渋々受け入れたが、自らは決してケッコン指輪とは言わないと決めていた。
「ジニー、福乃さんが電話を受けた際のイリヤもしくはサラのログインデータは見れる?」
ジニーが管理者権限を使ってなぎなみ動画内の情報を確認する。VividColorsの関係者のアカウントは全て社内IDと紐づけてあるのですぐにデータを出す事が出来る。
「二人ともその時間帯はオンラインではないですね。そもそも二人揃って合成音声機能を使った形跡がありません」
「……どういう事なの?」
藍子がジニーの出した画面を見つめて困惑している。
誰かが伊吹の合成音声を使って福乃と会話した事は間違いない。が、それはイリヤでもサラでもない事が判明した。
「裏切り者が他にもいるって事!?」
怒りに震える燈子の頭を抱き寄せて、落ち着くように言う伊吹。
「伊吹は何でそんなに落ち着いていられるの? 伊吹の信頼を裏切った女が少なくとも三人はいるんだよ!?」
「藍子、落ち着いて。
そもそもサラが僕を裏切る、もしくは最初から心を開いていなかったのだとしたら、僕のやった事を生配信で公表するだけで良いだろ。
ライルにやった事を、僕にやり返す。正直、VividColorsにとっても伊吹親王にとっても一番有効な攻撃だと思うんだ」
「確かに、そうですね……」
伊吹の話を聞いて、紫乃が握りしめていた手をゆっくりと開く。
大日本皇国とアメリカ合衆国との間で起こった外交問題の裏で、伊吹が何をしていたかを暴露する。
その方法が一番攻撃力が高い。そして、アメリカとの戦争を蒸し返す事が出来るので、世界中から非難を集中させる事も可能だ。
「そもそもおかしくない?
いくら合成音声が使えるからって、台本がない電話でのやり取りで、福乃さんに違和感なく文章をノータイム……、えーっと、すかさず文章を打ち込んで自然な会話が続けられるかな」
今までの生配信中の副社長と安藤家四兄弟のやり取りは、台本を用意していた為に自然な間での会話が出来ていたのだ。
合成音声を出力する為にキーボードを叩く時間を取れば、その間に会話している相手を待たせてしまう事になるので、違和感や不信感を与える可能性が高いと思われる。
「つまり、伊吹以外の誰かが、伊吹と同じ声で話してたって事?」
藍子はそう口にしながらも、自分は一体何を言っているのだろうと混乱する。そんな事が起こる訳がない。あり得ない。
燈子も、混乱している藍子を訝しげな表情で見つめている。
「そうか、そういう事か!」
伊吹が何かに気付いたかのように、立ち上がって皆の顔を見回す。
「僕以外の存在が、僕の声を使って福乃さんに電話を掛けたんだよ!」
副社長室にいる伊吹以外全員が、一体何を言い出すんだという表情で、伊吹の顔をじっと見つめた。
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