新製品・新サービスについての会議
すでに
まるで彼女達の代表であるかのように、マチルダが伊吹へ声を掛ける。
「集まったで、VR囁き動画について話し合おか」
「……そのニヤニヤ顔を止めろ」
伊吹がマチルダの顔に軽く手刀を入れて、会議が始まる。
「デジタル写真立てを作っている会社複数と、無数の取り扱っているだけの卸し業者から連絡がありました」
秘書を代表して、紫乃が伊吹へ報告する。
「今は卸しは不要だね。こっちが卸す側だから一応企業名だけ名簿作っておいて。
作っている会社の方については、製品を実際に取り寄せて、完成度を確認しようか。
とは言っても、一から新しい物を作るつもりだから、あくまで参考程度にしかならないけど」
伊吹の発言を受けて、秘書数人が大会議室の端に設置されているパソコンで名簿の作成と製品の取り寄せの手配に掛かる。
「デジタル写真立ての仕様として僕が必要だと思うのは、内蔵データ容量が少なくとも五百ギガ、無線LAN経由で写真データのやり取りが出来る、壁掛け出来るように薄型軽量化、枠を好みによって取り外し変更可能、写真だけでなく動画の再生可能、動画だけでなく音楽単体でも再生可能、そしてなぎなみ動画へのアクセス、くらいかな」
「現状ですとネットへアクセス可能なデジタル写真立てはありません」
伊吹の必要とする仕様を照らし合わせると、既存のデジタル写真立てには希望を満たす物がない事を琥珀が伝える。
「じゃあ
マチルダはデジタルフォトフレームって使ってた?」
「うん、使ってた、よ。うちは割と絵師さんが発行してるNFT買ってそれをフォトフレームに入れて飾ってた」
「そっか、NFTか……」
NFTとは
簡単に言えば、世界に一つだけのデジタルな資産の事で、それがオリジナルである事の鑑定書のようなものが確認出来る仕組みになっている。
また、一つだけでなく複数の限定個数である場合もある。
「デジタル写真集を作るんだったら、NFTである方が良いとは思うよ」
未だに慣れない標準語でそう話すマチルダ。
「ブロックチェーン技術は人工知能以上に知識不足だからな……。それはイリヤに相談するとしよう。
今は置いておいて、デジタル写真集の話に移ろうか。VCスタジオのスタッフでアバターにポーズを取らせて撮影する事は可能だよね?」
イリヤは現在、人工知能開発業務中なのでこの場には呼ばれていない。
問い掛けられたVCスタジオ責任者、多恵子が答える。
「可能です。衣装や背景、小物から髪型まで細かく設定変更が出来ます。
動画についてもそれほど尺の長い動画でなければ問題ないです。動画ではアバターに喋らせるつもりでしょうか?」
「そうだね、もちろん喋らせたい。例えば、家の玄関にデジタル写真立てが置いてあって、仕事から帰って来て『ただいま』と喋りかけると、デジタル写真立てに
大会議室内がおぉ、とどよめく。そのような使い方を想定していなかったようだ。
「ってなるとある程度人格育成計画が進んでないと対応出来ないんじゃない?
それこそスマートアシスタント機能が必要になるでしょ」
「そっか、結局イリヤの領域になるか。最近特に忙しそうにしてたから声掛けづらいなぁ」
伊吹はイリヤより、人工知能の開発段階を一つ繰り上げると報告を受けており、先日潤沢な資金と人材を自由に使う権限を与えたばかりだ。
最近夜のお勤めにも顔を出さずに働いているイリヤを、伊吹は邪魔したくなかった。
「まぁ今は写真と動画を作るVCスタジオと、動画に声を当てるVCうたかたラボとの調整を先にしてしまおう。
美羽、デイヴィッドの音声データベースの完成はいつ頃になりそう?」
伊吹は安藤家だけでなくデイヴィッド由来の合成音声も使い、新たな
「早くともあと二週間はお時間を下さい」
「了解、マチルダの声はもう完成してるよね?」
「はい、出来上がっています」
マチルダの音声データベースと歌声データベースは完成しており、アバターはマチルダ本人そっくりのものがすでに用意されている。
「え、うちのデジタル写真集も作るつもり?」
「もちろん。デジタル写真立てを二つ用意して、兄弟や兄と妹ののやり取りがあったら面白くない?」
伊吹は複数のデジタル写真立てが同一ネットワーク上にある状況で、アバター同士が自由に会話を行うようにしたいと思っている。
「なるほどなぁ、これは薄い本の制作が捗りそうやねぇ」
「侍女さんに怒られない範囲でな」
うっ、と顔を強張らせるマチルダ。
「って本題はそれやないねん。VR囁き動画について詳しく!」
「詳しく説明しなくても分かってるんだろう?
VRゴーグルかスマートフォンで再生する用のVR動画を作ろう。音声自体はASMR、じゃなくて
VCスタジオのスタッフ達が伊吹とマチルダのやり取りを見守っている。
「VRゴーグルってこの世界で開発されてるんやろか」
「調べますので詳細な情報を教えて下さい!」
伊吹が翠へ、立体的な動画が見れる、顔を覆うディスプレイのようなものであると説明する。
翠と何人かの秘書がパソコンで検索を開始した。
「VRゴーグルを開発してる企業が見つかれば、VR動画の制作方法も分かるって事か」
「そうなんだけど、あれって割と簡単だと思うんだよね。VRゴーグルがなくてもVR動画は見れるし」
「へ? なくても見れるとは?」
マチルダが伊吹へ問い掛ける。
「あれって目の特殊な使い方で再現出来るんだよ。えっと、平行法と交差法、だったかな?
左右の目の焦点を合わせずに、左目で右側の画像、右目で左側の画像を見る事で立体的に見れる平行法と、寄り目にして見る交差法、だったかな。
あとはゴーグルかスマホに入ってるジャイロセンサを元に画面枠外の画像を表示させる機能があればVR動画自体は再現可能なんじゃないかな」
伊吹はVRのアダルトビデオが十円でセールしていた際、VRゴーグルがないのに買ってしまい、手持ちのスマートフォンで頑張っていた。
その時の体験を元に、皆の前でVR動画について説明をしていたのだが。
「あぁ、ふーん。なるほどなぁ」
マチルダにはバレているようだ。
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